ライヒスヴェーアとは何か
ライヒスヴェーア(Reichswehr、直訳すると「帝国防衛軍」)は、1919年から1935年まで存在したドイツ・ヴァイマル共和国の正規軍です。第一次世界大戦で敗北したドイツが、ヴェルサイユ条約に基づいて軍備を大幅に制限されるなかで再編成された組織であり、1935年にナチス政権下で再軍備が宣言されると、より大規模な「ヴァイマル(国防軍)」へと改編されました。
設立の背景とヴェルサイユ条約による制限
ライヒスヴェーアの誕生は、第一次世界大戦の敗戦と密接に関わっています。1919年のヴェルサイユ条約により、ドイツは以下のような厳しい軍事制限を受けました。
- 陸軍の兵力は最大10万人まで
- 徴兵制度の禁止(志願制のみ)
- 戦車・軍用機・潜水艦などの保有禁止
- 参謀本部の解散
こうした制限のもと、ライヒスヴェーアは陸軍(ライヒスヘーア)と海軍(ライヒスマリーネ)の二本柱で構成される小規模な軍隊として出発しました。しかし、少数精鋭主義の方針により、将校や下士官には高度な専門教育が施され、後の国防軍拡張の中核となる人材が育成された点は特筆に値します。
ライヒスヴェーアの役割と政府との関係
ライヒスヴェーアの主な任務は、外部からの脅威からドイツを守ること、そして国内の治安維持でした。ただし、この小規模な軍隊はヴァイマル共和政府によって厳しく統制されており、政府の特別な許可なしに国外での軍事作戦に従事することは認められていませんでした。
一方で、ライヒスヴェーアは「国家の中の国家」とも呼ばれるほど強い独立性を持っており、政治への影響力も無視できない存在でした。特にハンス・フォン・ゼークト将軍の指揮下では、軍の政治的中立を装いながら、実質的には大きな発言力を維持していました。
フライコール(義勇軍)との関わり
ライヒスヴェーアには「フライコール(Freikorps、義勇軍)」と呼ばれる準軍事組織が関連していました。フライコールは主に旧ドイツ帝国陸軍の復員兵士たちによって構成され、ヴァイマル共和国成立初期の混乱した政治情勢において、左翼勢力との武力衝突など政治的暴力に深く関与しました。
フライコールはスパルタクス団の蜂起鎮圧やバルト諸国での戦闘などに参加しましたが、1920年のカップ一揆など反共和制的な動きにも加担しており、ヴァイマル共和国の脆弱性を象徴する存在となりました。その多くは後にライヒスヴェーアや警察組織へ吸収されていきました。
国防軍(ヴァイマル)への改編
1933年にナチス政権が成立すると、ヴェルサイユ条約の軍事制限は事実上破棄されていきました。1935年、ヒトラーは再軍備宣言を行い、徴兵制度を復活させます。これに伴いライヒスヴェーアは解消され、陸海空三軍からなる新たな国防軍(Wehrmacht)へと再編されました。ライヒスヴェーア時代に培われた組織と人材は、そのまま第二次世界大戦へとつながる軍事力の基盤となったのです。