キャサリン・オブ・アラゴン自身がプロテスタントの宗教改革を直接引き起こしたわけではありません。しかし、彼女とイングランド王ヘンリー8世との結婚、そしてその後に巻き起こった離婚問題こそが、イングランドにおける宗教改革の重要なきっかけとなったのです。
ヘンリー8世の離婚問題がもたらした転機
ヘンリー8世は、キャサリンとの間になかなか男子の後継者を得られなかったことから、婚姻の無効を求めてローマ教皇庁に申請しました。しかし、キャサリンが神聖ローマ皇帝カール5世の叔母にあたることもあり、教皇はこの要求を受け入れませんでした。
イングランド国教会の成立
教皇の許可を得られなかったヘンリー8世は、1534年の「首長法(至上権法)」によって自らをイングランド国教会の最高首長と宣言し、ローマ・カトリック教会の権威から完全に独立しました。これによりイングランド国教会が正式に確立され、ローマとは異なるイングランド独自の宗教改革への道が開かれたのです。
まとめると、キャサリン個人ではなく、彼女との結婚とその解消をめぐる紛争が結果的に、ヘンリー8世によるカトリックからの離脱とイングランド国教会の樹立につながったといえます。