「シルクロード(Silk Road)」という名称は、19世紀のドイツの地理学者、フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン(Ferdinand von Richthofen)によって考案されました。
リヒトホーフェンと「ゼーデンシュトラーセ」
1833年生まれのリヒトホーフェンは、優れた地理学者・地質学者として知られており、1868年から1872年にかけて中国各地で大規模な地理調査を行いました。その調査成果をもとに、彼は1877年の著作の中で、中国から中央アジアを経由してヨーロッパへと至る古代の交易路を、ドイツ語で「ゼーデンシュトラーセ(Seidenstraße、絹の道)」と名付けました。これが「シルクロード」という言葉の起源です。
なぜ「絹」の道なのか
この交易路で取り引きされる数々の商品の中でも、当時は中国でしか生産できなかった高級品である絹がとりわけ重要視されていたため、「絹の道」という名称が選ばれました。実際には、絹のほかにも香辛料、宝石、紙、ガラス器など多種多様な物資が行き交い、シルクロードは東西間の文化・技術・宗教の交流においても大きな役割を果たしました。
名称の世界への広がり
リヒトホーフェンの命名は、当初すぐには広まりませんでした。しかし20世紀に入り、スウェーデンの探検家スヴェン・ヘディンらによる中央アジア探検が大きな注目を集めると、「シルクロード」という呼び名は次第に世界的に定着していきました。現在では、歴史や観光の分野で広く親しまれる言葉となっています。