当時のアメリカ人の大多数はヴェルサイユ条約に批判的
第一次世界大戦直後のアメリカでは、国民の大多数がヴェルサイユ条約に対して批判的な姿勢を示していました。その背景には、条約の内容があまりにも厳しすぎるという認識がありました。
「過酷すぎて戦争の火種になる」という懸念
多くのアメリカ人は、ドイツに課された莫大な賠償金や領土削減などの厳しい条件が、ドイツ経済を深刻に疲弊させると考えていました。さらに、そうした疲弊が国民の不満を煽り、結果として新たな紛争や戦争を引き起こす可能性があると危惧されていたのです。
「公正な扱いを受けていない」という不満
また、アメリカ国内では「自国が条約において公正な扱いを受けていない」という不満も根強く存在しました。第一次世界大戦への参戦により、多大な人的犠牲と経済的資源を投じたにもかかわらず、期待していたほどの見返りを得られなかったと感じる人が多かったのです。
上院による批准拒否へ
こうした世論を背景に、ウッドロー・ウィルソン大統領が掲げた「十四か条の平和原則」に基づく理想主義的な国際秩序の構想は、議会内で強い抵抗を受けることになりました。特に上院ではヘンリー・カボット・ロッジ率いる反対派が国際連盟への加盟に難色を示し、最終的にアメリカ合衆国はヴェルサイユ条約を批准せず、国際連盟への参加も見送りました。この決定は、戦後の国際政治におけるアメリカの役割に長期にわたって大きな影響を与えることとなりました。