ハマースの設立と概要
ハマース(正式名称:イスラーム抵抗運動)は、1987年に第一次インティファーダ(パレスチナ住民蜂起)の最中、シェイク・アフマド・ヤースィーンを中心としてガザ地区で設立されたパレスチナの政治・軍事組織です。設立当初から、ヤーセル・アラファート率いるPLO(パレスチナ解放機構)の対抗勢力として台頭し、パレスチナ問題における主要な勢力の一つとなりました。
PLOとの対立関係
ハマースは、世俗主義的な路線を取るPLOやファタハとは異なり、イスラーム主義に基づく思想を掲げていた点で大きく性格を異にしていました。このため、両者はパレスチナ解放運動の主導権をめぐって激しく競合することになり、パレスチナ政治は二大勢力による対立構造を抱えることとなりました。
オスロ合意への強い反対
1993年のオスロ合意は、イスラエルとPLOが相互承認を行い、和平プロセスを進める画期的な枠組みでした。しかし、ハマースはこの合意を「パレスチナ人の正当な権利を放棄するもの」と位置づけ、合意締結当初から一貫して強く反対しました。以降もハマースは和平プロセスを認めず、イスラエルとの武力衝突を続ける姿勢を示しています。
その後の展開
2006年のパレスチナ立法評議会選挙でハマースが勝利すると、2007年にはガザ地区を実効支配するようになりました。これによりパレスチナは、ヨルダン川西岸のファタハ主導勢力とガザのハマースに分裂する状態が続いています。なお、ハマースは現在、多くの国および国際機関によってテロ組織に指定されています。