イングランド王ヘンリー8世(在位1509年~1547年)は、生涯で6度の結婚をしました。彼の結婚生活は離婚や処刑など波乱に満ちており、6人の王妃たちはそれぞれ異なる運命をたどりました。ここでは、各王妃がどのような最期を迎えたのかを詳しく見ていきます。
1. アラゴンのキャサリン(最初の王妃)
ヘンリー8世の最初の妻となったのは、スペイン王家出身のアラゴンのキャサリンでした。しかし、男子の後継者に恵まれなかったことなどから、ヘンリー8世は1533年にこの結婚を無効としました。キャサリンはその後、1536年1月にキンボルトン城で病気により亡くなりました。
2. アン・ブーリン(2人目の王妃)
2人目の王妃アン・ブーリンは、エリザベス1世の母として知られる人物です。しかし、大逆罪、姦通、さらには魔術の使用といった容疑をかけられ、1536年5月にロンドン塔で斬首刑に処されました。
3. ジェーン・シーモア(3人目の王妃)
3人目の王妃ジェーン・シーモアは、ヘンリー8世にとって待望の男子となる後のエドワード6世を出産しました。しかし、1537年10月の出産からわずか12日後、産後の合併症により亡くなりました。
4. クレーヴのアン(4人目の王妃)
4人目の王妃クレーヴのアンとの結婚は、政治的な理由によるものでしたが、わずか数か月で破綻し、1540年7月に婚姻が無効とされました。幸いにも彼女はヘンリー8世よりも長生きし、「王の妹」として丁重な扱いを受けながら、イングランドで安定した生活を送り、1557年7月に亡くなりました。
5. キャサリン・ハワード(5人目の王妃)
5人目の王妃キャサリン・ハワードは、若くして王妃となりましたが、姦通と反逆罪の容疑をかけられました。彼女もまた1536年のアン・ブーリンと同じ運命をたどり、1542年2月にロンドン塔で斬首刑に処されました。
6. キャサリン・パー(6人目の王妃)
6人目で最後の王妃となったのがキャサリン・パーです。彼女はヘンリー8世の死を見届け、その後トマス・シーモアと再婚しました。しかし、1548年9月にサドリー城で出産後の合併症により亡くなりました。
まとめ
ヘンリー8世の6人の王妃のうち、2人(アン・ブーリンとキャサリン・ハワード)は処刑され、2人(アラゴンのキャサリンとジェーン・シーモア)は病死または産褥死で亡くなり、残る2人(クレーヴのアンとキャサリン・パー)はヘンリー8世より長生きしました。「離婚、処刑、死亡、離婚、処刑、生存」という言葉で語られることが多い彼女たちの運命は、テューダー朝宮廷の激動の歴史を象徴しています。