ヨーロッパの歴史

ロシア王室とセルビア王室は親戚だったのか?婚姻で結ばれた二つの王朝の絆

はい、ロシアとセルビアの王室は、歴史上たび重なる婚姻を通じて親族関係で結ばれていました。ロシア帝国を統治したロマノフ家と、セルビア(のちのユーゴスラビア)の王家であるカラジョルジェヴィチ家は、単なる外交上の同盟関係にとどまらず、実際に血のつながりを持つまでになりました。

代表例:ユーゴスラビア王妃マリアとロマノフ家の血筋

最も分かりやすい例が、セルビア・クロアチア・スロベニア王国(後のユーゴスラビア)国王アレクサンダル1世の妃となったマリア王妃です。彼女はルーマニア王女として生まれましたが、母方の祖母にあたるマリヤ・アレクサンドロヴナはロシア皇帝アレクサンドル2世の皇女でした。このため、夫妻の息子であるペータル2世(ユーゴスラビア最後の国王)には、ロマノフ家の血が確かに受け継がれています。

モンテネグロの姫君たちが結んだ絆

また、バルカンの南スラヴ系王家とロマノフ家の接近を象徴する存在として、モンテネグロ王ニコラ1世の娘たちを挙げることができます。ミリツァ公女とアナスタシア公女は、それぞれロシア大公ペトル・ニコラエヴィチとニコライ・ニコラエヴィチに嫁ぎ、ロシア宮廷において大きな影響力を持ちました。これらの婚姻は、ロシアと南スラヴ諸国との王朝的・文化的な結びつきを一段と強める結果となりました。

血縁を超えて続いた両国の関係

こうした王朝間の姻戚関係は、儀礼的な外交を超えた実質的な絆を生み出しました。ロシアが伝統的にセルビアを「スラヴの兄弟」として支援してきた背景には、こうした個人的な血縁や親密な関係も影響していたといわれます。さらに1917年のロシア革命後には、亡命したロマノフ家の人々やロシア貴族がセルビア(ユーゴスラビア)に受け入れられ、王朝という枠組みが消滅した後も、両国・両民族の絆は長く記憶され続けることとなりました。