ヨーロッパの歴史

ジュリアス・シーザーの死後、ローマを引き継いだのは誰?その称号とは?

ジュリアス・シーザーの後継者は誰か

紀元前44年3月15日、ジュリアス・シーザーが元老院議員たちによって暗殺されると、ローマの実権を引き継いだのは、彼の養子であり又従兄(姉の曾孫)にあたるオクタウィアヌスでした。彼こそが、後に初代ローマ皇帝として知られることになる人物です。

権力掌握への道のり

シーザーの遺言によって養子に指名され、遺産を相続したオクタウィアヌスは、当初マルクス・アントニウスらとともに第二次三頭政治を形成しました。しかしやがてアントニウスと対立し、紀元前31年のアクティウムの海戦で決定的な勝利を収め、ローマ全土を支配する唯一の権力者となったのです。

オクタウィアヌスの称号

オクタウィアヌスはまず、「インペラトル・カエサル・ディウィ・フィリウス(Imperator Caesar Divi Filius)」という称号を名乗りました。これは「神ユリウスの子、皇帝カエサル」を意味し、死後に神格化されたシーザーの息子であることを示すものでした。

さらに紀元前27年、ローマ元老院は彼に「アウグストゥス(Augustus)」——「尊厳ある者」「威厳ある者」という意味を持つ称号——を授与しました。この名は彼の正式な称号として定着し、以降の歴代ローマ皇帝にも受け継がれていくことになります。