古代の歴史

同じ1月8日でつながる二人の天才――ガリレオ・ガリレイとスティーブン・ホーキング

1月8日という不思議な縁

1642年1月8日、イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイがこの世を去りました。そしてちょうど300年後の1942年1月8日、イギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキングが誕生します。

ガリレオは先進的な天文観測によって当時の教会社会に大きな衝撃を与え、その成果を出版したものの、死の危険を避けるために後に自説を撤回せざるを得ませんでした。一方のホーキングは、宇宙の起源に関する研究と理論によって、宗教的な宇宙観に対する最も有力な反対者の一人として知られる存在となりました。

「万物は循環する」――日付が示すメッセージ

二人の偉人の死と生が同じ日付で重なるのは、単なる偶然なのでしょうか。あたかも「万物は循環する」というガリレオ自身の思想を裏付けるかのような、不思議な巡り合わせです。

ガリレオの主著『二つの世界体系についての対話』(1633年)は、太陽系に関する新しく革命的なビジョンを提示しました。太陽を中心とする惑星系を説く地動説や、月の満ち欠け(月の位相)など、望遠鏡による長年の観測に基づく成果の数々です。望遠鏡の改良と活用は、彼が人類に残した最大の貢献の一つといえます。

300年後、オックスフォードに生まれた天才

その300年後、イングランドのオックスフォードで生まれたのがスティーブン・ホーキングです。彼は20世紀から21世紀にかけて、最も影響力があり、最も広く知られた物理学者・宇宙論研究者・科学啓蒙家の一人となりました。

ビッグバンをはじめとする宇宙の起源に関する理論、そして特にブラックホールの性質と進化に関する研究は、現代科学の根幹をなすテーマであると同時に、さまざまな批判にもさらされてきました。「ホーキング放射」の提唱など、彼の業績は理論物理学の発展に計り知れない影響を与え続けています。

困難を乗り越えた自己実現の模範

ホーキングはまた、逆境を乗り越える姿の象徴でもあります。筋萎縮性側索硬化症(ALS)という進行性の神経疾患を患い、自力での移動や発話が次第に困難になりましたが、音声を生成する複雑な装置や支援機器の助けを借りて、研究と執筆を続けました。そうした制約にもかかわらず、名門ケンブリッジ大学で物理学の博士号を取得し、後にニュートンも務めたルーカス数学教授の座まで手にしているのです。

疑いこそが学び続ける力になる

輝ける頭脳を持つ二人の巨匠は、類まれな知性と尽きることのない好奇心、そして「何事も決定的なものではない。疑うことこそが、学び続けるための最良の道具である」という確信をもって、人類の科学の発展を照らしてきました。
科学の歴史はまだ書き終わっていません。次のページを紡いでいくのは、私たち自身なのかもしれません。