史上最も有名な人工言語といえば、エスペラントやインターリングアが真っ先に挙げられるでしょう。いずれも多くの話者や研究者を擁する言語です。それに続くのが、トールキンのような作家が創作した言語、あるいはテレビドラマや映画のために作られた言語です。後者の代表例としては『スタートレック』のクリンゴン語、近年では『ゲーム・オブ・スローンズ』に登場する諸言語がよく知られています。
しかし歴史をさかのぼれば、美的・芸術的・実用的な理由、あるいは単なる遊び心から、言語を新たに創り出そうとした試みは数多く存在してきました。その中で、文献として記録が残る最古の人工言語こそが、ラテン語で「未知の言語」を意味するLingua Ignota(リングア・イグノータ)です。この言語は12世紀のドイツで、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンによって創られました。
「ラインの巫女」と呼ばれた希代の才媛
この言語の生みの親であるヒルデガルトは、決して平凡な女性ではありませんでした。彼女は修道女であり、ルーペルツベルク修道院の院長を務め、1179年に同地で生涯を閉じています。現在カトリック教会の聖人とされる彼女は、音楽・科学・文学の幅広い分野に多大な業績を残しました。
音楽の分野では実に78曲もの作品を作曲しており、その中には、本格的に確立される5世紀も前の段階でオラトリオの原型ともいうべき作品や、宗教劇『Ordo Virtutum(徳の秩序)』が含まれます。後者は史上最初のオペラだと見なす研究者もいます。1979年以降、彼女の歌曲を収録したアルバムは35枚以上も発表されており、2001年の映画『ビューティフル・マインド』のサウンドトラックにも、彼女の楽曲が使用されました。
さらに彼女は医学・政治・神学に関する著作を著し、その多くは各地の修道院の修道士たちによって写本として書き写され、今日まで伝えられています。当時の人々は彼女を「ラインの巫女」、あるいは「ゲルマンの預言者」と呼び、彼女は中世後期ヨーロッパで最も影響力のある女性の一人となったのです。
1,011語の語彙と23文字の独自アルファベット
こうした偉業の一つであるLingua Ignotaの発明は、後にエスペランティスト(エスペラント運動家)たちが彼女を守護聖人として仰ぐきっかけとなりました。この人工言語は、著作『Ignota Lingua per simplicem hominem Hildegardem prolata』の中に記録されています。そこには、ドイツ語の対訳とともに並べられた1,011語の語彙リストが収められており、さらにLitterae ignotae(未知の文字)と呼ばれる、当時知られていたどの文字体系ともまったく異なる23文字から成る独自のアルファベットが添えられています。
ヒルデガルトはこの独自の文字を使って新しい言語を書き表しましたが、その目的については何世紀にもわたって議論が続けられており、明確な結論には至っていません。科学的な性格を持つ言語だったと考える者もいれば、主として神秘主義と関わりが深いと捉える者もいます。
現存する唯一の文章が示すもの
現存する唯一のLingua Ignotaによる文章から推測すると、この言語は形式的にはラテン語の文法を部分的に踏襲し、一部の単語を新しく造語された語に置き換える形をとっていたようです。
この文章はラテン語に5つの新語を混ぜて書かれていますが、そのうち語彙リストに確認できるのはloifoi / loifolum(民族、諸国民)の一語のみです。この事実は、実際の語彙が写本に残された1,011語よりもはるかに広範だった可能性を示唆しています。
また、いくつかの手紙からは、Lingua Ignotaの存在が親族や第三者にも知られていたことがうかがえます。ただし、創作者であるヒルデガルト以外に実際に使われていたかどうかは不明であり、彼女の死後、この言語を話したり研究したりする者は現れなかったようです。一方、一部の専門家は、その主な用途は音楽にあったと考えています。というのも、彼女が作曲した歌の中に、この言語の語彙の一部が確認されているからです。
語彙リストから読み取れる世界観
語彙集に列挙された言葉を見ると、まず宗教用語(Aigonz=神、Diueliz=悪魔、Zuuenz=聖人)、人間に関わる言葉(Inimois=人間、Iur=男、Vanix=女、Peueriz=父、Corn=母)が目につきます。しかし同時に、科学や芸術に関わる語彙(Pruiuanz=双耳壺、Dioranz=弓、Lauziminize=大地、Spartoliz=探究者)も含まれており、ヒルデガルトの知的関心の広さがうかがえます。
グリム兄弟も編集に参加した奇妙な言語
19世紀以降、ヒルデガルトが発明したこの興味深い言語については数多くの版が出版されてきました。なかでも注目すべきは、1848年にあの有名なグリム兄弟が手がけた版です。彼らは童話の収集家であると同時に、優れた言語学者でもあったのです。
エスペラントの登場から約700年前、中世の修道院で一人の女性が紡いだ「未知の言語」。その真の目的は今なお謎に包まれたままですが、だからこそ私たちの想像力をかき立てずにはいられないのです。