ジョン・ウィクリフ(John Wyclif)とヤン・フス(Jan Hus)は、キリスト教教義に対する新たな解釈を打ち出した人物です。彼らの思想は、1世紀以上の時を経てマルティン・ルターに大きな影響を与えることとなりました。
16世紀の宗教改革とその源流
16世紀のプロテスタント宗教改革といえば、まず名前が挙がるのがマルティン・ルターです。しかし、彼の改革思想のかなりの部分は、このドイツの司祭より数十年前にカトリック教会を批判していた人々の思想からインスピレーションを得たものでした。
ジョン・ウィクリフ――信仰による救済を説いた先駆者
14世紀末のイングランドでは、司祭にして神学者のジョン・ウィクリフが、カトリックの教義に対する一連の批判を展開しました。これらの主張は、100年以上後にルターを強く触発することになります。その中には、永遠の救いは神への信仰によってのみ得られるという主張や、教会が罪人に与える赦しである贖宥(免罪符)の販売に対する反対の立場などが含まれていました。
さらにウィクリフは、「善行」(教会への寄付など)も永遠の救いに至る道であるとするカトリックの教義にも反対しました。これらの立場は、後にヴィッテンベルクの城塞教会に「95か条の提題」を掲示するルターの思想形成に、直接的な影響を与えたのです。
ヤン・フス――聖書の権威を擁護した改革者
ヤン・フスもまた、ルターにとって重要なインスピレーションの源となった人物でした。フスは、先のウィクリフや後のルターと同様に、聖書などの聖典の権威が、カトリック教会の伝統や、神の言葉とされてきたローマ教皇の言葉よりも上位にあると主張しました。
この立場は教皇の宗教的権威に真っ向から対抗するものであり、すべての信者が自ら聖書を読み、解釈する道を開くものでした。現実世界におけるその帰結の一つが、識字能力のより多くの人々への拡大でした。それまで聖書を読んでいたのは司祭だけで、信徒たちには聖典の解釈が口頭で伝えられるだけだったからです。
三人に共通する教会批判
ウィクリフ、フス、ルターの三人に共通するもう一つの点は、カトリック教会が見せつける富と奢侈への批判でした。三人のキリスト教改革者にとって、教会はキリストの最初期の教えの一つに従い、物質的な蓄積よりも信仰の営みに関心を向ける、貧しい教会であり続けるべきものだったのです。
宗教改革と農民闘争の関係
三人の改革者の立場は、14世紀から16世紀にかけて起きた重要な農民の社会闘争を枠づける役割も果たしました。この時代、宗教問題は次第に、貴族階級が握る経済的・政治的・軍事的権力に対する、農民側からの現実的な批判という形態を帯びるようになっていきます。
ただし、ここには重要な違いがありました。ルターは農民反乱に反対し、農民の行動を断罪したのに対し、ウィクリフとフスはそれらを支持し、あるいは大きな影響を与えたのです。
宗教権力はなぜ社会闘争と結びついたのか
最後に注目すべきは、中世末期から近代初頭にかけての歴史的時期において、宗教上の対立が社会的紛争の性格を帯びていたという点です。その理由は、宗教的権力が経済的権力の基盤を構成していたことにあります。
カトリック教会はヨーロッパ最大の土地所有者であり、貴族の社会的地位もまた「神意」に基づくものとされていました。こうした状況の中で、農民やその他の民衆階級による搾取への闘いは、この社会体制全体をイデオロギー的に正当化していた宗教概念にまで及ぶことになったのです。
こうした一連の紛争こそが、カトリック勢力の衰退と、資本家の力が台頭する新たな歴史時代の幕開けを画するものとなりました。
※画像提供:米国議会図書館(US Library of Congress)/文:Tales Pinto