ペルタストとは
ペルタスト(古代ギリシャ語:πελτασταί / peltastaí)は、その名を「ペルテ(péltê)」と呼ばれる軽量の盾に由来する歩兵である。紀元前4世紀以降、ギリシャ諸ポリスの軍隊、さらにはヘレニズム諸国の軍隊において、傭兵歩兵の代表格として活躍した存在だ。
出身と装備
当初、ペルタストはトラキア沿岸のギリシャ系都市から募集されていたが、時代が下るにつれて出身地は多様化していった。このスタイル自体がトラキア地方に起源を持つとされることからも、彼らと北方地域との深い結びつきがうかがえる。
重装歩兵(ホプリテス)が青銅の鎧と大型の盾で身を固めるのとは対照的に、ペルタストは機動性を最優先とした軽装歩兵として編成された。主な武装は以下の通りである。
- 柳や葦を編んで作られた軽量の盾「ペルテ」(円形または三日月形)
- 投擲用の槍(ジャベリン)
- 白兵戦用の剣
ペルテは山羊や羊の皮で覆われることもあれば、磨き上げられた青銅で仕上げられることもあった。防具が簡素だったため装備コストが非常に低く、大規模な部隊を短期間で編成できる点が大きな強みとなった。
戦術上の役割
ペルタストは当初、支援部隊として運用されることが多かった。敵騎兵の突撃に対しては一斉に投槍を浴びせて勢いを削ぎ、敵が混乱したところへ剣を抜いて切り込む。また、敗走する敵の追撃を担当することも多かったと考えられている。
しかし装備の軽さは決して弱点ばかりではなかった。高い機動力と投射火力を生かせば、動きの鈍い重装歩兵に対しても有利に立ち回ることができた。実際、レカイオンの戦いやスファクテリアの戦いでは、ペロポネソス戦争中にピュロス港の対岸の小島に封じ込められたスパルタ軍を窮地へ追い込むなど、重装歩兵相手に歴史に残る勝利を収めた事例も存在する。
なお紀元前4世紀には、アテナイの将軍イフィクラテスがペルタストの装備を改良し、より長い槍と細身の剣を採用させるなど、この兵科の戦術的価値をさらに高めたと伝えられている。
マケドニア軍におけるヒュパスピスト
マケドニア王国の軍制においては、ヒュパスピスト(hypaspistai)と呼ばれる精鋭部隊がペルタストとほぼ同じ役割を担った。ただしヒュパスピストの装備はペルタストとはやや異なり、ファランクス(密集隊形)と軽装部隊の中間的な性格を持っていたとされる。