シュファックスとは
シュファックス(? – 紀元前202年、ティフィナグ文字: ⵙⵢⴼⴰⴽⵙ)は、紀元前213年から紀元前202年にかけて西ヌミディアを統治した王です。彼の王国の首都はシガ(現在のアルジェリア北西部の都市アイン・テムーシェント)に置かれていました。ヌミディアは北アフリカ、現在のアルジェリア周辺に位置し、西部のマサエシュリ族と東部のマシュリ族という二大勢力に分かれていました。
第二次ポエニ戦争とローマとの同盟
第二次ポエニ戦争(紀元前218年~紀元前201年)が勃発すると、シュファックスはローマと同盟を結びました。これにより、カルタゴ側についた東ヌミディアの王ガイアとその息子マシニッサと対立することになります。当時の地中海世界では、名将ハンニバル率いるカルタゴと共和政ローマが覇権を争っており、ヌミディアの騎馬戦力を持つ両王の動向は戦局を左右する重要な要素でした。
同盟関係の大転換
ガイアの死後、シュファックスはその領土を併合し、勢力を大きく拡大しました。しかし、カルタゴの将軍ハスドルバル・ギスコの娘ソフォニスベとの結婚が運命を変えます。この縁組はカルタゴがシュファックスを自陣営へ引き戻すための政治的な策略でしたが、結果として同盟関係は完全に逆転しました。シュファックスはカルタゴ側へ回り、それまでカルタゴと結んでいたマシニッサはローマ陣営へと鞍替えしたのです。
敗北と最期
紀元前203年、シュファックスはマシニッサの協力を得たローマの指揮官ガイウス・ラエリウスによって、キルタ(現在のアルジェリア東部の都市コンスタンティン)近郊で決定的な敗北を喫し、捕虜となりました。ローマの名将スキピオ・アフリカヌスは彼を捕虜としてローマへ送り、シュファックスは紀元前202年または203年に同地でその生涯を閉じたと伝えられています。
後継者とヌミディア統一への道
シュファックスの死後、息子ウェルミナが王位を継承しました。ウェルミナは、マシニッサによるヌミディア統一以前におけるマサエシュリ(西ヌミディア)最後の王となります。こうして西ヌミディアの独立勢力としての歴史は幕を下ろし、北アフリカはマシニッサのもとで統一されたヌミディア王国へと進んでいくことになりました。