古代の歴史

シラクサ要塞陥落の顛末――モエリクスの裏切りとローマ軍の奇襲

紀元前212年、第二次ポエニ戦争中のシラクサ攻囲戦。ローマ軍司令官マルケッルスによる長期の包囲が続くなか、堅固な要塞アクラディナは外敵ではなく、内側からの裏切りによって陥落することとなった。以下は、その劇的な顛末を記した記録である。

密使による寝返りの工作

このとき、マルケッルスのもとに派遣されていた使節団がシラクサに戻り、市民たちの疑念は根拠のないものであり、ローマ側に彼らへ報復を加える意思はないことを伝えた。一方、アクラディナを指揮する三人の将校のうちには、モエリクスという名のスペイン人がいた。使節団の一行には、意図的にスペイン出身の補助兵の一人が加えられていたのである。

この男は、モエリクスが周囲に誰もいないところを見計らい、最近スペインから到着したばかりであることから、故国の情勢について語り始めた。「あちらではすべてがローマ軍の支配下にある。モエリクスよ、ローマ人に際立った貢献をすれば、ローマに仕えるにせよ祖国へ帰るにせよ、同胞の中で第一級の地位を得られるだろう。逆に包囲戦を続けるならば、海陸から完全に包囲された今、いったい何の希望が残されているというのか」。

モエリクスはこの言葉に心を動かされ、合意済みであったマルケッルス宛ての使節団に、自らの兄弟を密かに加えさせた。この兄弟のため、同じスペイン人が将軍との秘密の面会を手配し、兄弟は将軍の確約を取り付けて、計画が固まったところでアクラディナへと戻ったのである。

持ち場変更の提案という巧妙な口実

裏切りの疑いを払拭するため、モエリクスはまず「使者の行き来はもはや不要だ」と強硬に主張した。以後は誰も受け入れず、送り出さない。さらに防衛を万全にするには、最重要地点を指揮官たちで分担し、各自が自ら担当する区域の防衛に責任を負うべきだと提案したのである。

全員がこの案を承認し、分担の結果、アレトゥーサの泉から大港の入り口まで広がる地区の警備がモエリクスに割り当てられた。彼はただちに、この配置をローマ側へ通報した。

夜明けの総攻撃と島の占領

情報を受けたマルケッルスは、夜闇に乗じて四段櫂船に兵員を満載した輸送船を曳航させ、アクラディナ沖まで進めた。部隊には、アレトゥーサの泉近くの門の正面で上陸せよとの命令が下っていた。上陸は夜明け前の第四の見張り時刻に行われ、モエリクスは約束どおりローマ兵を城内へ迎え入れた。

夜明けとともに、マルケッルスはアクラディナへ総攻撃を仕掛けた。狙いは二重であった。この地の守備隊をこちらへ引きつけると同時に、島の守備隊にも持ち場を放棄させ、ローマ軍の猛攻を食い止めさせるためである。

この大混乱の最中、事前に完全武装で待機させておいた輸送船団が島を回航し、武装兵たちが次々と上陸した。彼らが目にしたのは、救援に駆けつけた守備兵たちが開け放したままの門と、空になった哨戒拠点であった。こうして島は、ほとんど抵抗を受けることなく占領された。守備隊の混乱と逃走が、島を無防備のまま放置していたのである。

なかでも最も臆病な抵抗しかしなかったのは、裏切り者たち自身であった。彼らは味方にすら疑念を抱いており、戦闘の最中に逃げ去ってしまったのだ。

撤退命令の真意

島が陥落し、アクラディナの一画が手中に収まり、モエリクスが守備隊ごと自軍に合流したことを知ったマルケッルスは、ここで撤退の合図を発した。それは、実際以上に豊かだとうわさされていた王宮の宝物庫が、兵たちの手で略奪されるのを防ぐためであった。