スキリー族の起源と移住
スキリー族(Sciri)は、現在のリトアニアにほど近いマズーリ地方に起源を持つゲルマン系民族です。
紀元230年頃、彼らの一部は同じくゲルマン系のバスタルナエ族とともに南へ移住し、両民族は黒海沿岸に定住しました。その後、ローマ帝国との間に和平協定を結ぶと、スキリー族はバスタルナエ族の領域の東側に新たな居住地を構えることになりました。
オドアケルと西ローマ帝国の滅亡
スキリー族の中で最も著名な人物がオドアケルです。473年から476年にかけて、彼はイタリアを制圧し、西ローマ帝国最後の皇帝ロムルス・アウグストゥルスを退位させました。これにより、オドアケルは「西ローマ帝国に終止符を打った男」として歴史に名を刻むこととなりました。
しかし、その栄光は長く続きませんでした。493年、スキリー族は東ゴート族との戦いに敗れ、民族として滅亡します。オドアケル自身も、東ゴート王テオドリック大王の手によって命を落としたのです。
北欧に残ったスキリー族のその後
一方、ヨーロッパ北部に留まり、古来の異教の信仰を守り続けたスキリー族たちは、小規模な集団として13世紀まで生き延びたと伝えられています。