古代の歴史

アフリカとインドシナを横断する──パリ植民地博覧会の館めぐり

アフリカとインドシナを横断する──パリ植民地博覧会の館めぐり

それでは早速、展示場を見て回ろう。ここでは、目についたものを順不同に紹介していく。

マダガスカル館──「赤い島」の情景

まず目を引くのは、紫の輝きを放ちながら掲げられたマダガスカルの国旗だ。広く天井の高いホールの中には、精巧なディオラマが並び、「赤い島」ことマダガスカルの最も典型的な四つの景観──マジュンガ、アンツィラベ、タマターブ、そしてアラオトラ湖──が、不思議なほど正確に再現されている。

パノラマを眺めるうちに、バザールが立ち並ぶ通り、原住民の小屋が飾り立てた路地、巨大なマンゴーの木が並ぶ大通り、さらには幻想的なイヴルワナ庭園の姿までもが目に浮かんでくる。

ソマリ海岸からフランス領西アフリカ(A.O.F.)へ

素朴なバルコニーをあしらったミナレット(尖塔)が印象的なソマリ海岸のパビリオンを見学し終えると、次はインドシナセクションの中心部へ。ただしその前に、まずは視線を奪うA.O.F.(フランス領西アフリカ)の建造物群に目を留めたい。まるで炎の壁のようにそびえるその建物群は、実に四ヘクタールもの敷地を占めている。

そこには宮殿、市街区、灌木地や森林の中の村々、湖畔の町、モスクがあり、さらにはパリの空の下でどこか場違いな百五十人の黒人たちを収容するキャンプまであった。公式の宮殿として使われている建物は、ニジェール川の支流バニ川沿いに位置するスーダンの都市ジェンネにある大モスクの忠実な複製である。ただし内部はモスクらしくなく、回廊に囲まれた中庭が広がっている。

この中庭を囲むように、A.O.F.を構成する各植民地の出展スタンドが開かれている。新しい港の上空を飛行機が舞うダカールをはじめ、ギニア、コートジボワール、ダオメー、スーダン、オートヴォルタ(上ヴォルタ)、モーリタニア。それぞれのスタンドでは、ジオラマや展示品、図表が組み合わされ、連邦を構成する諸州の歩みについて語りかけてくる。

しかし、本当の現地の暮らしは別の場所にある。展示や踊り、模擬戦闘が繰り広げられる大広間として整えられた宮殿前広場に、それはあふれている。赤い泥の家々が立ち並ぶジェンネの旧市街の狭い路地を再現した一角にも、生活の息吹が宿る。セネガルやスーダンの職人が丹念に彫り上げた鞍の陰にも、セグーやコートジボワール高地部、ダオメーの織物職人たちの仕事の中にも。

委任統治領──トーゴとカメルーン

遠くからでも、高くわずかに丸みを帯びた茅葺き屋根が見えてくる。近づいてみると、灰色と黒の幾何学模様で飾られた壁、ほっそりとした木造円柱が支える列柱廊が現れる。中央パビリオンのショーケースには、彫刻を施した象牙、黒土の陶器、黒檀の角笛、鋳造と彫金をほどこした銅製の小像がずらりと並んでいる。

狩猟館では、明るい装飾フリーズのそばにジャングルの光景が再現されている。幸いにも、1931年にライオンによって命を落とした偉大な探検家ブルノー・ド・ラボリーの戦利品を使うことができたのだ。

インドシナ館群──アンコールへの参道

壮麗なアンコール・ワット寺院の再現建築へと続く参道──石のスロープと、人の上半身を持つ蛇神ナーガの像が両脇を飾る道──に入る前に、私たちの背後にはドームスニル湖岸近くにラオス館があった。

ラオス村

ラオスは一つの村として表現されていた。そこでは仏典を納める経蔵が塔(パゴダ)の隣に設けられ、聖なる書物が収められている。門構えのポルチコといくつかの小屋が全体を整えている。トンキンの人々がせっせと足早に通り過ぎ、東洋の歌声がゆったりと流れていく……。

目の前には、インドシナセクションだけでも二十五ものパビリオンが立ち並んでいる。森林・狩猟・漁業館、報道機関の事務所、希少木材や貴重な装飾で彩られた美しく華やかな行政館などだ。

コーチシナとトンキン

独自の伝統的建築を持たないコーチシナは、どこか居心地の悪さを感じさせる近代主義の姿で現れた……。幸い、周囲には稲田が広がっている。そこかしこに見えるビエンホアの陶磁器や青銅器、赤と金色に輝く豪華な先祖の祭壇は、芸術が決して失われていないことを物語っている。

トンキン館は建築家サブリエの手になるものである。門を潜ると、趣向を凝らした店々が軒を連ねる中庭が広がり、その奥には「ディン」──廟の前室にあたる建物──が建てられている。重厚な赤木の柱に支えられたその空間では、柱の間に先祖の祭壇が据えられ、蝋人形に守られながら、金色に描かれた句で埋め尽くされた長い黒い棚の間で輝いている。

アンナムとカンボジア──フエの王宮から

さて、インドシナセクションの背骨ともいうべき「聖なる道」を渡ろう。アンナムとカンボジアについては、建築家ドゥヴェがフエの王宮から着想を得ている。二棟の軽快な建物は、一方が「グエ・トゥ・ジャム」すなわち大学校(国子監)、もう一方が「タイ・ミエウ」すなわち王朝の廟を表現している。後者の中では、現在の君主の父君が玉座に着いている姿が再現され、周囲には桃色、金色、月と太陽の色の衣装が、まるで閲兵式のようにずらりと並んでいた。

黄金の象の鼻を頂くカンボジア館は、青い川か黄色い川かに停泊する、行列用のジャンク船のような佇まいだ。カンボジア芸術総監督グロリエ氏が愛情を込めて飾り付けた館である。中央の前室では、金、ダマスク鋼、七宝で再現された王室の標章がショーケースの中で輝き、左手には民族誌・地理・経済のセクション、右手には美術、陶磁器、貴重な織物、武器が展示されている。

先へ進むと、重い扉が閉ざされ、薄暗闇の中に、覆いのかかったランプと赤い灯りが差し込む空間が現れた。そこには、おとなしく祈りを捧げる宗教的な集会の光景がある。折り曲げられた胴体、丸まった背骨、地面に投げ出された身体、懇願の仕草で差し伸べられた手。背景には、硬質な青い布に浮かび上がる黄金の偶像が右に、左手には小さな扇で顔を隠した蹲る僧侶たちが、恍惚の姿勢のまま凍りついている。線香が刺激的な煙を立てて燃え、どこからともなく哀調を帯びた儀式の詠唱が漂ってくる。

桟道の突き当たり、寺院の前衛として、低く四角い二つの塔がそびえ、それぞれの側面に彫刻された仏陀が施されている。アンコール・トムの二つの意匠を再現したものだ。祠だろうか、それとも僧の隠れ処だろうか。思い切って扉を開けてみると……そこには、変電器が収められていたのである。