
デルタ翼超音速機への挑戦
コンベア社が1948年から着手した、デルタ翼を備えた超音速機の研究と実験は、1970年代後半まで現役で運用され続けるほど高度な、傑出した戦闘機ファミリー(F-102、F-106)を生み出しました。とりわけF-102デルタダガーは、デルタ翼を採用した米空軍初の迎撃機であると同時に、空対空ミサイルのみで武装した最初の戦闘機として、航空史上特筆すべき存在です。
コンベア社は、カリフォルニア工場の技術者たちが超音速飛行の分野で2年間にわたって実施した実験の成果をもとに、F-102の開発を推進しました。実際、1948年には、当初計画されていた超音速戦闘機F-92の開発可能性を検討するため、試作機XF-92Aが製造されています。
この実験機は飛行に成功し、得られたデータは新型機プログラムの期間短縮に大きく貢献しました。こうして1953年10月24日に初飛行した最初の試作機YF-102は、5年前に誕生したXF-92Aを拡大した形こそあれ、本質的にはほぼ同一の設計だったのです。

開発の苦難と量産への道
米空軍が主催した競争試験の勝者となった新型機は、ただちに試験飛行を開始しました。ところが、その過程で特に空力特性に関する一連の深刻な問題が次々と露呈し、当初の設計を大幅に見直さざるを得なくなりました。
そこで機体形状の再設計が行われ、1954年12月20日、改良型のYF-102Aが初飛行に成功します。2回目の試験飛行では、何の支障もなく超音速に到達することが確認されました。以降、生産は高いペースで推移し、追加発注が相次いだ結果、1958年4月までに製造されたF-102Aの総数は975機に達しました。実戦部隊への引き渡しは1956年半ばから始まっています。
複座練習機型TF-102Aの登場
基本型に加えて練習機型も必要となり、1955年11月8日、計111機が製造された複座型TF-102Aの1号機が初飛行しました。戦闘機型と大部分の構成を共有しながらも、前部胴体とコックピットを幅広に設計し、2名の乗員を並列に着席させられる点が大きな特徴です。訓練用のデルタダガーにも、F-102Aと同じ精巧な兵装システムがそのまま搭載されていました。
1957年、コンベア社は全てのF-102に統一された標準的な運用装備を施す近代化プログラムを開始し、機上装備はさらに複雑で先進的なものへと進化していきました。

長きにわたる運用の歴史
デルタダガーは1974年まで第一線で重用され、同年から順次前線任務を離れて航空州兵部隊へと移管されていきました。さらにアメリカは、NATO諸国支援プログラムの一環として、トルコおよびギリシャにも相当数の機体を譲渡しています。
主要諸元:コンベア F-102A デルタダガー
メーカー:ジェネラル・ダイナミクス社コンベア部門
種類:迎撃戦闘機
初飛行:1954年(退役:1979年)
エンジン:プラット・アンド・ホイットニー J57-P-23 ターボジェット(推力7,711kg)
全幅:11.61m
全長:20.83m
全高:6.45m
離陸重量:14,288kg
最大速度:高度10,975mで時速1,327km
実用上限高度:16,460m
航続距離:2,170km
武装:空対空ミサイル6発
乗員:1名