クリミア・ハン国とは
クリミア・ハン国(クリム・ハン国)は、モンゴル帝国の後継国家の一つとして1443年に建国された歴史上の国家です。首都はクリミア半島のバフチサライに置かれ、ギレイ朝のもとで約300年以上にわたり栄えました。
オスマン帝国の属国化とモスクワへの襲撃
1475年、クリミア・ハン国はオスマン帝国の宗主権を受け入れ、その属国となりました。以降も、台頭しつつあったモスクワ大公国に対してたびたび襲撃遠征を行いましたが、かつての母体であるジョチ・ウルス(金帳汗国)ほど、ロシアの独立を脅かす存在ではなくなっていました。
一方、モスクワからクリミア・ハン国への貢納は次第に形骸化していきました。そして1480年、モスクワ大公イワン3世(イワン大帝)は、モスクワの独立を正式に宣言します。
ロシアとの対立と最期
イワン3世の孫にあたるイワン4世(雷帝)は、タタール人の三大ハン国の一つであるカザン・ハン国とアストラハン・ハン国を征服しました。しかし、クリミア・ハン国への攻撃は、バルト海方面への進出を優先されたため実行されませんでした。
その後、1687年から1689年にかけて、ヴァシリー・ゴリツィン公爵が、ジョチ・ウルス最後の残存勢力であったクリミア・ハン国を屈服させるべく二度の遠征を試みましたが、いずれも失敗に終わっています。
こうして数々の攻撃を耐え抜いたクリミア・ハン国でしたが、1783年、ロシア女帝エカチェリーナ2世(エカチェリーナ大帝)によってついにロシア帝国へ併合され、その長い歴史に幕を下ろしました。