古代の歴史

タブン遺跡(イスラエル)|ネアンデルタール人と現生人類が交錯した先史時代の洞窟

タブン遺跡とは

タブン(Tabūn)は、イスラエル北部のカルメル山の縁に位置する深い岩陰(ロックシェルター)で実施されてきた古人類学発掘調査の現場です。地中海を一望するこの洞窟からは、旧石器時代前期から中期に及ぶ長い堆積層が確認され、各地層から出土した遺物が、石器製作技術の変遷パターンを明らかにしてきました。この編年は、西南アジアにおける約30万年前~10万年前の人類の技術発展を測る基準尺度として広く参照されています。

1929年から1934年にかけては、イギリスの考古学者ドロシー・ガロッド率いる発掘調査により、旧石器時代前期・中期に属する多数の化石人骨も出土しました。これらの化石は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と初期の現生人類(Homo sapiens)が、この地域に交互に入れ替わりながら居住していたことを示唆しています。

タブン遺跡(イスラエル)|ネアンデルタール人と現生人類が交錯した先史時代の洞窟

出土した化石人骨が語るもの

旧石器時代前期の化石

旧石器時代前期の層から出土した化石はいずれも断片的なもので、当時この地域に暮らしていた人類が頑丈でがっしりとした体格を持っていたことをうかがわせる程度にとどまります。

四肢骨と下顎骨

旧石器時代中期の初めごろの地層からは、不完全な四肢骨と完全な下顎骨が散発的に見つかっています。四肢骨はネアンデルタール人に典型的な特徴を備え、下顎骨にはネアンデルタール人的な形質と、より古い段階の人類に見られる特徴が混在していました。これらの化石は15万年以上前にさかのぼるもので、既知のネアンデルタール人の遺骸の大半よりもはるかに古い点が注目されます。こうした形質の組み合わせは、この時期の西南アジアでネアンデルタール人特有の顔立ちが徐々に出現していった過程を記録しています。

埋葬された女性の骨格

旧石器時代中期の後半の層からは、いくつかの孤立した歯と、洞窟の側壁際に埋葬された状態で発見された女性のほぼ完全な骨格が出土しました。この女性は小柄で華奢な体つきをしていましたが、比較的大きく強く摩耗した前歯、特徴的な眉弓(まゆぞね)部の形状、寒冷環境への適応を示すずんぐりとした体幹比率など、他地域で知られるネアンデルタール人と共通する多くの特徴を備えていました。

ネアンデルタール人と現生人類の交互居住

同じくイスラエル国内のスクール(Skhūl)遺跡やカフゼー(Qafzeh)遺跡で出土した初期現生人類の化石と併せて見ると、タブンの化石群は、約9万年前ごろまでの旧石器時代中期におけるレヴァント地方での二グループの交互居住を如実に物語っています。

ネアンデルタール人は寒冷期にアナトリア(小アジア)やコーカサス方面から南へと分布を広げ、その間の温暖期にはアフリカから北上した初期現生人類が取って代わったと考えられます。この記録は、人類進化上の重要な時期に、両グループが数万年にわたって生態的に棲み分けていたことを示しており、両者の関係を解き明かす貴重な手がかりとなっています。

世界遺産としての価値

タブン洞窟を含むカルメル山の「ナハル・メアロート/ワディ・エル=ムガーラ洞窟群」は、2012年にユネスコの世界遺産(複合遺産)に登録されました。数十万年前からの人類の長期にわたる居住の痕跡と、後の定住社会への移行を示す層位が一つの遺跡群内で完結している点が高く評価されています。タブンは今なお、レヴァント地方の先史学・古人類学研究における最重要拠点の一つであり続けています。