古代の歴史

ビト・アディーニ | 古代アラム王国、メソポタミア

ビト・アディーニとは

ビト・アディーニ(Bit Adini)は、メソポタミア北部に存在した古代アラム系王国です。領域はユーフラテス川の中流域両岸に広がり、北には有力な都市国家カルケミシュ(Carchemish)が位置していました。

建国と地理

ビト・アディーニは、おそらく紀元前10世紀頃に建国されたと考えられています。鉄器時代のシリアからメソポタミアにかけての一帯では、アラム人たちが数多くの小王国を築き、交易路と肥沃な河川流域をめぐって勢力を争っていました。ユーフラテス川沿いという立地は、ビト・アディーニに経済的・軍事的な重要性をもたらしました。

アッシリアによる征服

紀元前856年、ビト・アディーニは強大化する新アッシリア帝国の攻撃を受けます。アッシリア王シャルマネセル3世(Shalmaneser III)による遠征により、王国は征服されました。

首都ティル・バルシブ(Til Barsip、現タッル・アル=アフマル)は「カル・シャルマネセル(Kar-Shalmaneser、「シャルマネセルの港」の意)」と改称され、アッシリアが任命した総督の拠点となる州都、そして軍隊が常駐する駐屯都市へと変貌を遂げました。以降、この街はユーフラテス川流域におけるアッシリア支配の要衝として機能することになります。

滅亡とその後

しかし、アッシリア帝国が衰退に向かうと、ティル・バルシブの運命も変わります。紀元前611年、新バビロニア(カルデア)の王ナボポラッサル(Nabopolassar)がこの都市を攻略しました。これ以降、ティル・バルシブがかつてのような重要性を取り戻すことはありませんでした。

ビト・アディーニの歴史は、古代オリエントにおいてアラム系諸王国がアッシリアの拡張政策とどう向き合ったかを示す好例であり、当時の勢力図の変遷を理解する上で貴重な手がかりとなっています。