社会ダーウィニズムとは
社会ダーウィニズム(Social Darwinism)とは、チャールズ・ダーウィン(1809〜1882年)が19世紀に提唱した進化論=ダーウィニズムを、人間社会の発展に応用した思想です。
この社会理論は、ダーウィン以前から進化というテーマを考察していたイギリスの哲学者ハーバート・スペンサー(1820〜1903年)によって、19世紀から20世紀にかけて体系化されました。
ダーウィニズムの意味と基本概念
社会ダーウィニズムは、「他よりも優れた社会が存在する」という前提を出発点とします。
この考え方によれば、身体的にも知的にも優れた者は必然的に支配者となり、それ以外の人々――すなわち「能力の低い」人々――は、社会の進化の流れについていくことができず、やがて消滅していくことになります。
これは、進化論における自然選択(自然淘汰)の原理を、そのまま人間社会に当てはめたものです。
社会ダーウィニズムと人種差別
社会ダーウィニズムは、社会を「優れた人種」と「劣った人種」に分けるいわゆる人種的優越の観念に基づいているため、本質的に差別的かつ人種主義的な思想だと言えます。また、ナショナリズム(国粋主義)の理念とも深く結びついていました。
この思想のもとでは、ヨーロッパ人が優れた統治者でありえたのは、彼らの人種が他の人種より優れていたからだと説明されました。
同様に、貿易の独占や科学技術の進歩も「それを成し遂げられる有能な民」の反映とみなされ、逆に労働力の供給が限られていた国々は「劣った、能力の低い」存在と位置づけられたのです。
社会ダーウィニズムの具体例:ナチズムとファシズム
スペンサーの理論の影響を最も端的に示す例として、ナチズムとファシズムが挙げられます。
ドイツでは、ナチス運動が「アーリア人種の優越」を教義とし、その帰結としてユダヤ人をはじめとする多数の人々が虐殺されるホロコーストという悲劇が起こりました。
イタリアでは、帝国主義的な政治体制であるファシズムが、人種の混交を「汚染」とみなす純化の理念を掲げ、人種差別をその主要な特徴の一つとしていました。
ブラジルにおける社会ダーウィニズム
社会ダーウィニズムの影響は、植民地時代に起源を持つブラジルの人種差別にも見ることができます。
ブラジル人は自らを差別しないと考える傾向がありますが、統計上は貧困層の大部分を黒人が占めるなど、構造的な差別の結果が明確に表れています。
新植民地主義と帝国主義
社会ダーウィニズムは、旧来型ではなく現代の形態である新植民地主義(ネオコロニアリズム)や帝国主義の中にも息づいています。
これは、新興大国の工業化需要に起因する、被植民地国の搾取による拡大・支配政策です。新興勢力による政治的・経済的支配とその正当化のプロセスは、社会ダーウィニズムの目的を裏付けるものとなりました。
その結果として諸民族の征服が行われ、征服者は被征服民に「利益をもたらす」という理念を喧伝しました。被支配民は「自らの民を変革し進歩させうる有能な指導者」に導かれるべきだとされ、これが征服者の優越性の根拠となりました。つまり、優れた国家には劣った国家を「文明化する使命」があると考えられたのです。
優生学との関係
優生学もまた、人間の進化を社会的統制の要素として扱った思想です。
優生学はフランシス・ゴルトン(1822〜1911年)によって創始されました。彼は遺伝的な改良こそが、肉体的にも精神的にも民族の質を決定すると信じていました。