古代の歴史

タイタニック号沈没事故で命を落としたギリシャ人乗客4人の知られざる悲劇

タイタニック号沈没事故で命を落としたギリシャ人乗客4人の知られざる悲劇

1912年4月14日から15日にかけての夜、タイタニック号は氷山に衝突し、ゆっくりと沈み始めた。脚本家が創作し、ジェームズ・キャメロン監督が映像化した架空の乗客ジャックとローズの物語を、多くの人が細部までご存じだろう。しかし、世界で最も有名なこの海難事故に、実はギリシャ人乗客も乗船していたことを知る人は少ない。

「アメリカの夢」を追い求めた4人の若者

悲劇の主役となったのは、メッシニア地方のアギオス・ソスティス村出身の4人の男性たちだった。4人全員が、氷のように冷たい海で溺死したのである。彼らは自分自身と家族のためにより良い生活を築こうと、新大陸へと旅立った。「アメリカの夢」が自分たちを待っていると信じて…。

最年長の乗客、パナギオティス・リンベロプーロス

30歳のパナギオティス・リンベロプーロスは、タイタニック号に乗り合わせたギリシャ人乗客の中で最も年長であり、アメリカとの繋がりを持つ唯一の人物だった。これまでに明らかになっている情報によると、彼はニューヨークで小さな工場を経営しており、息子の洗礼式に立ち会うために一時帰国していた。妻の必死の懇願にもかかわらず、彼は数日後、再び「約束の地」へ戻ることを決意したのだ。

クロノプーロス兄弟の最期

彼と共に旅することになったのが、同じ村出身のクロノプーロス兄弟である。兄のアポストロス(26歳)は労働者として働いており、19歳の弟ディミトリスとともにフランスのシェルブール港からタイタニック号に乗船した。兄弟はどちらも三等客室の乗客だったため、その遺体はついに見つかることがなかった。一方、リンベロプーロスの遺体は、遭難現場へ向かった回収船「マッケイ・ベネット号」の乗組員によって発見され、身元が確認された。

興味深いことに、リンベロプーロスは英語を話せたおかげでデッキまでたどり着き、救命ボートに乗り込むことができた唯一のギリシャ人乗客だった。ところが、そのボートが発見されたのはあまりに遅く、乗っていた人々はすでに息絶えていたという。

ヴァシリオス・カタヴェリスが遺した遺品

タイタニック号に乗っていた最後のギリシャ人乗客は、19歳のヴァシリオス・カタヴェリスだった。彼の望みは、アメリカ・ミルウォーキーにたどり着くことだった。彼の遺体は救助隊によって発見され、身元確認の際には、ニューヨークからミルウォーキーへの列車の切符、小さな鏡、2冊のノート、櫛、そして鍵が所持品として見つかった。これらの遺品は、その後まもなくピレウス港にて、彼の兄弟ペトロス、パナギオティス、ランブリーニに引き渡された。

そしてここに痛ましい皮肉がある。リンベロプーロスもカタヴェリスも、クロノプーロス兄弟と同じ船で旅するために、あえてチケットを変更していたのである。

故郷の村に建てられた記念碑

メッシニアの山あいにあるアギオス・ソスティス村には、タイタニック号で亡くなった4人の男性を偲ぶ小さな記念碑が静かに佇んでいる。2001年に建立されたこの記念碑には、次のような言葉が刻まれている。

「1912年、自らと家族のより良い幸運を求めてアメリカへ向かい、タイタニック号で犠牲となった4人のギリシャ人の思い出に。ヴァシリオス・G・カタヴェリス ― パナギオティス・K・リンベロプーロス ― アポストロス・M・クロノプーロス ― ディミトリス・M・クロノプーロス」

出典:CNN.gr