1623年、「ニューハンプシャー」という地名はまだ存在しなかった
1623年当時、現在のアメリカ北東部に「ニューハンプシャー州」という行政区画は存在しませんでした。この名称が正式に使われるようになったのは、それから数十年後のことです。
最初の入植者たちとこの土地の歴史
1623年、イギリスからの入植者が、現在のライ(Rye)にあるオディオーンズ・ポイントやドーバー周辺に、この地方で最初の恒久的な入植地を築いたとされています。当時この一帯はイングランド植民地の勢力圏にあり、その後1641年から1679年頃まではマサチューセッツ湾植民地の管轄下に置かれていました。
人々の主な生業(なりわい)
この地域に住む人々の多くは、豊かな自然資源に直接依存した次のような仕事で生計を立てていました。
農業:トウモロコシなどの穀物や野菜を育て、自給自足の生活の基盤としていました。
漁業:大西洋沿岸の豊かな漁場を利用し、タラなどの魚を獲って食料や交易品としていました。
林業:広大な森林から木材を切り出し、船材や建築材として販売することが重要な収入源となっていました。
まとめ
つまり1623年のこの地域には「ニューハンプシャー」という呼び名はなく、初期の入植者たちは農業・漁業・林業といった、土地の恵みを活かした仕事で日々の暮らしを支えていました。これらの産業は、その後のニューイングランド地方の経済発展の礎となっていきました。