イタリア・ローマにあるパンテオンは、古代ローマ建築の中でも最も象徴的で、保存状態の良い建造物の一つとして世界的に知られています。現在目にすることができるパンテオンは、主に2世紀初頭、ハドリアヌス帝の治世に建てられたものです。それまでのローマ建築とは一線を画す、革新的な建築要素と工学技術がふんだんに取り入れられていました。
パンテオン建設の背景
最初のパンテオン(旧パンテオン)
元となる建物は、紀元前27年頃、初代皇帝アウグストゥスの娘婿であるマルクス・アグリッパによって建てられたと考えられています。この時期のパンテオンは「旧パンテオン(プリムス・パンテオン)」と呼ばれていましたが、残念ながら西暦64年、ネロ帝の時代に火災で焼失してしまいました。
ハドリアヌス帝による再建
ハドリアヌス帝は、「すべての神々」を祀る神殿(ギリシャ語でパンテイオン)として新しいパンテオンの建設を命じました。これにより、パンテオンは古代ローマで初めて、あらゆる神を祀るという概念を掲げた公共の神殿となったのです。
革新的な建築デザイン
ハドリアヌス帝自身も建築に精通していたとされ、新しいパンテオンの設計は彼によるものとされています。円筒形の構造の上にドームを載せたこのデザインは、当時の他のどのローマ建築にも見られない革命的なもので、建築工学における新たな標準を打ち立てました。
建設に使われた素材と技術
パンテオンの建設には、当時最先端の建材と技術が駆使されました。
- 基礎:火山灰、石灰、凝灰岩を混ぜたコンクリートで造られており、卓越した強度を実現しています。
- ドーム:火山灰と軽石を混ぜた軽量コンクリートを使用することで、内部に大掛かりな支柱を設けなくても自重を支えられる構造となっています。
建設の工程
新しいパンテオンの建設は西暦118年頃に始まりました。優れた建築家、技術者、職人、そして多くの労働者を必要とする、非常に複雑な大規模プロジェクトでした。
まずドームを載せる円筒形の基壇部(ロトンダ)が建設され、続いて玄関ポーチ(プロナオス)、さらにその上の三角形の部分(ペディメント)が順に造られました。こうして工事は西暦134年に完了しました。
パンテオンの見どころ
- 巨大なドーム:直径43.3メートル(142フィート)に及ぶドームは、建設当時としては史上最大のものでした。
- オクルス:ドーム頂部にある円形の開口部から自然光が降り注ぎ、訪れる人を圧倒する荘厳な空間を作り出しています。
- 豪華な内装:内部は高級大理石の化粧板や多彩な色調の大理石の床で飾られ、贅沢な材料が惜しみなく使用されていました。
パンテオンの歴史的意義と遺産
パンテオンは、ハドリアヌス帝の時代におけるローマ建築・工学の発展を今に伝える貴重な記念碑です。その建築様式や工学的原理は、後のルネサンス期以降の壮大な建築物にも大きな影響を与え、今日でも建築史上の重要な参照点となっています。
アテネのパルテノンとの違い
ところで、ギリシャ・アテネのアクロポリスにある「パルテノン」と混同されることがありますが、両者はまったく別の建造物です。パルテノンは紀元前5世紀、ペリクレス率いるアテネの黄金時代に、都市の守護神である女神アテナを祀るために建てられたギリシャ神殿です。設計はイクティノスとカリクラテスが担当し、彫刻はフェイディアスを中心にアゴラクリトス、アルカメネス、コロテスらが手がけました。ペルシア帝国による破壊の後に再建されたこの神殿は、その後も戦争、火災、地震などで幾度となく損傷を受けましたが、現在も古代ギリシャ文化を代表する最重要遺産の一つとされています。現存する彫刻の多くはアテネのアクロポリス博物館に展示され、一部は19世紀初頭に持ち去られた経緯からロンドンの大英博物館に所蔵されています。
このように、アテネのパルテノンが単一の女神アテナを祀ったギリシャ神殿であったのに対し、ローマのパンテオンは多神教のさまざまな神々を祀るローマの神殿でした。どちらもそれぞれの文明を代表する重要な建造物でありながら、その歴史と目的は大きく異なるのです。