古代ギリシャには数多くのアポロン神殿が建てられましたが、その中でも特に有名な「デルフォイのアポロン神殿」と「ディディマのアポロン神殿」は、それぞれ異なる時代に、まったく異なる理由で破壊されました。ここでは、両神殿の歴史と破壊の経緯について詳しく解説します。
デルフォイのアポロン神殿 ― 紀元前373年、地震による崩壊
ギリシャのパルナッソス山の斜面に位置するデルフォイのアポロン神殿は、「デルフォイの神託」の舞台として古代世界で最も重要な聖域の一つとされていました。王や将軍たちが国家の重大な決断を下す前に神託を求めに訪れたことで知られています。
現在その遺構として知られている神殿は6代目にあたりますが、紀元前373年の大地震によって崩壊しました。その後、紀元前4世紀後半から紀元前330年頃にかけて再建されましたが、度重なる地震や火災、略奪などにより損傷を繰り返し、やがて放棄されることとなりました。
ディディマのアポロン神殿 ― 395年、キリスト教徒の暴徒による破壊
小アジア(現在のトルコ)のミレトス近郊に位置するディディマのアポロン神殿は、古代世界でも最大級の規模を誇る神殿でした。ヘレニズム時代に着工されましたが、長い建設期間にもかかわらず、ついに完全な形では完成しませんでした。
ローマ帝国がキリスト教を国教として受け入れていく過程にあった395年頃、キリスト教徒の暴徒によってこの神殿は破壊されました。これは、古代の多神教信仰の中心地が次々と排除されていった、宗教的転換期の歴史を象徴する出来事です。
まとめ
デルフォイのアポロン神殿は紀元前373年の地震によって、一方のディディマのアポロン神殿は395年にキリスト教徒の暴徒の手によって破壊されました。同じアポロンを祀る神殿でありながら、自然災害と宗教対立という全く異なる要因で滅んだことは、古代世界の移り変わりを物語る興味深い対比といえるでしょう。