ビクトリア朝時代、馬が引いていたのは「木製の乗り物」ではない
古くから馬が人や荷物の輸送手段として使われてきたのは歴史的事実です。しかし、「馬が木製の乗り物を引いていた」というイメージは、必ずしも正確ではありません。確かにそれ以前の世紀には木製の車輪が広く使われていましたが、ビクトリア朝時代(1837年〜1901年)には、ほとんどの乗り物の車輪に鉄製のリム(外周の覆い)が取り付けられていました。
蒸気機関が主役となった時代
さらに重要なのは、19世紀前半から後半にわたるビクトリア朝時代が、蒸気機関による輸送が飛躍的に発展した時期だったという点です。1825年のストックトン・アンド・ダーリントン鉄道の開業以降、イギリス全土に鉄道網が急速に広がり、蒸気船も海上輸送の中核を担うようになりました。馬は依然として市内での移動や短距離輸送に欠かせない存在でしたが、長距離移動の主役は次第に列車や蒸気船、そして新たに登場した初期の自動車へと移り変わっていったのです。
木材から金属へ――技術革新の波
木製の乗り物そのものも、ビクトリア朝時代までには大幅に姿を消していました。車体や車輪の主要部分は金属に置き換えられ、耐久性と積載能力が大きく向上しました。ビクトリア朝の人々が日常的に目にしていたのは、鉄の縁を備えた頑丈な車輪をもつ馬車であり、これは産業革命がもたらした技術革新の成果でもあったのです。