耳への穴あけ(ピアス)は、メソアメリカにおける最も古く、最も一般的な身体改造の一つでした。そして驚くべきことに、この習慣は今日まで途絶えることなく受け継がれています。
身分の象徴としての耳飾り
アステカ社会において、耳たぶに開けられた穴は重要なステータスシンボルでした。穴には翡翠、黒曜石、金、木など様々な素材で作られた耳飾りが挿され、その大きさや豪華さは着用者の社会的地位を雄弁に物語っていたといわれています。
この習慣は現世だけのものではありませんでした。首都テノチティトランの中心にある大神殿「テンポ・マヨール」から発掘された墓の調査では、亡くなった後も耳飾りを身につけたまま埋葬された人々の姿が確認されています。つまり、耳の飾りは死後の世界においても身分と誇りの証として大切にされていたのです。
二つの主流――単純な穴と拡張
最も一般的だったのは、ごく普通の穴あけでした。中には、より大きな装飾品を挿せるように穴を徐々に引き伸ばすスタイルも見られました。これは現代の「耳拡張(ストレッチング)」とよく似た習慣です。
「アフラトリ」――耳の上部への特別な穿孔
もう一つ特徴的なのが、耳たぶではなく耳の上部に施される「アフラトリ(ahlatli)」と呼ばれる特殊な穿孔です。この言葉はナワトル語で文字通り「水を注がれた」という意味を持っています。
この穿孔は誰にでも行われるものではなく、主に名門・高貴な家系の出身である若い男性に対して施されました。また、ウエショツィンコ(Huexotzinco)やトラコパン(Tlacopan)といった都市の支配者たちと深く結びつけられており、エリート層との関係を示す儀礼的な意義を持っていたと考えられます。
耳に穴を開けるという一見シンプルな行為の背後には、アステカ人の世界観、身分制度、そして通過儀礼としての文化が色濃く反映されているのです。