「ケルト人は丸い家に住んでいた」というイメージをお持ちの方は多いかもしれません。実際、鉄器時代のブリテン島(現在のイギリス)やアイルランドでは、円形の住居「ラウンドハウス」が広く普及していました。ただし、ケルト人が居住した地域は中央・西ヨーロッパ全体に及ぶため、住居の形態は地域によって大きく異なります。
丸い家(ラウンドハウス)とはどんな住まい?
ラウンドハウスは、中央の柱が円錐形の茅葺き屋根を支える構造の円形住居です。壁には、編み枝に泥や粘土を塗る「ワトル・アンド・ドーブ」と呼ばれる工法が用いられることが多く、直径は数メートルから十数メートルに及ぶものもありました。家族単位での生活に適した、機能的で耐久性のある住まいだったのです。
裕福だったのか、貧しかったのか
ケルト社会の大多数を占めたのは農民であり、自給自足に近い暮らしを送っていました。丸い家は決して貧しさの象徴ではなく、当時の気候や手に入る資源に適した合理的な選択だったといえます。一方で、部族の首長や貴族階級は、より大型の住居を持ち、豪華な装飾品や遠方からの輸入品を所有するなど、明確な経済格差が存在しました。つまり、豊かさの度合いは住居の形状よりも、規模や所持品、集落内の立地などから読み取ることができます。
大陸のケルト人に見られる多様な住居
中央ヨーロッパやガリア(現在のフランス)などの大陸部では、長方形の家屋や長屋(ロングハウス)が建てられることもありました。さらに、丘陵の頂上に築かれた「ヒルフォート(丘上要塞)」や、「オッピドゥム」と呼ばれる大規模な集落も発達し、交易や防衛の拠点として機能していました。
まとめ
ケルト人の住まいは地域によって多様で、丸い家は特にブリテン諸島で一般的な形式でした。裕福か貧しいかは、丸い家に住んでいることだけでは判断できず、住居の規模や出土品、集落の構造から当時の社会階層を総合的に読み解く必要があります。