ジョン・ピーター・ゼンガーとはどんな人物か
ジョン・ピーター・ゼンガーは、ドイツ生まれのアメリカの印刷業者です。1735年、ニューヨーク植民地において扇動的な誹謗中傷罪で裁判にかけられましたが、無罪を勝ち取りました。この裁判は、アメリカ史上最も重要な法的事件の一つとされており、「真実は誹謗中傷に対する抗弁となる」という原則を確立しました。
裁判の背景:総督コスビーとの対立
ゼンガーの裁判は、ニューヨーク植民地総督ウィリアム・コスビーと、植民地の主要紙『ニューヨーク・ウィークリー・ジャーナル』との間で長年続いていた対立の帰結でした。ゼンガーが編集を担当していた同紙は、コスビー政権を批判する記事を掲載し続けていました。これに対してコスビーは、同紙の印刷機を差し押さえ、ゼンガーを逮捕したのです。
「真実は弁護になる」という画期的な主張
ゼンガーは扇動的な誹謗中傷罪に問われました。当時、これは死刑にもなり得る重大な犯罪でした。しかし、ゼンガーの弁護士たちは「掲載された記事は真実であり、真実は誹謗中傷に対する抗弁となる」と主張しました。この議論は当時としては前例のないものでしたが、最終的に陪審員に受け入れられ、ゼンガーは無罪となりました。
報道の自由への大きな勝利
この裁判は、アメリカ植民地における報道の自由にとって大きな勝利となりました。政府が記者を誹謗中傷罪で訴えることによって批判を封じ込めることはできない、という原則がここで確立されたのです。この原則は、後に合衆国憲法修正第1条の礎石となりました。
イギリス政府との関係への影響
さらに、この裁判は植民地人とイギリス政府の関係にも大きな影響を与えました。植民地の人々は、政治や経済の問題にイギリス政府が干渉してくることに対して、長い間不満を抱いていました。ジョン・ピーター・ゼンガーの裁判は、イギリス政府に立ち向かい、勝利を収められることを植民地人にはっきりと示しました。この勝利は植民地人の自信を新たにし、やがて訪れるアメリカ独立戦争への基盤を築く一助となったのです。