古代の歴史

第二次ポエニ戦争後にローマが獲得した属州とは?ヒスパニア2属州の成立を解説

第二次ポエニ戦争とその結果

第二次ポエニ戦争(紀元前218年~紀元前201年)は、共和政ローマとカルタゴが地中海の覇権をかけて戦った大規模な戦争です。ハンニバル率いるカルタゴ軍がアルプス山脈を越えてイタリア半島へ侵入し、カンネーの戦いなどでローマに甚大な被害を与えたことで知られています。

しかし戦争の最終局面では形勢が逆転しました。スキピオ(後のアフリカヌス)がイベリア半島のカルタゴ領を制圧し、さらに北アフリカへ反攻。紀元前202年のザマの戦いでハンニバルを破り、ローマが勝利を収めました。

戦後に獲得した属州:近ヒスパニアと遠ヒスパニア

第二次ポエニ戦争の結果、ローマはカルタゴからイベリア半島(現在のスペイン周辺)における領土と権益を奪いました。そして紀元前197年、この地域は以下の2つの属州として正式に組織されました。

  • 近ヒスパニア(Hispania Citerior):イベリア半島の東部・北部に位置する属州
  • 遠ヒスパニア(Hispania Ulterior):半島の南部に位置する属州

「近い」「遠い」という名称は、ローマ本土からの距離に由来します。これらの属州は豊かな銀山などの鉱物資源をローマにもたらし、国家の経済基盤を支える重要な地域となりました。

注意:シチリアやサルデーニャは第一次ポエニ戦争で獲得

しばしば混同されますが、シチリア島は第一次ポエニ戦争(紀元前264年~紀元前241年)の終結後に獲得されたものであり、ローマ史上最初の属州となりました。また、サルデーニャ島とコルシカ島も紀元前238年頃に併合されており、いずれも第二次ポエニ戦争より前の出来事です。

まとめ

第二次ポエニ戦争後にローマが獲得したのは、イベリア半島の近ヒスパニアと遠ヒスパニアの2属州です。この勝利によりローマは西地中海の支配権を確立し、その後の東方への拡大に向けた足がかりを築きました。