古代の歴史

オレゴン州への初期の宣教師は誰?先駆者9人の顔ぶれと功績

オレゴンへ渡った最初の宣教師たち

1830年代、現在のアメリカ合衆国オレゴン州周辺にあたる「オレゴン・カントリー」には、アメリカ東部から最初のキリスト教宣教師たちが到着しました。彼らの目的はネイティブ・アメリカンへの布教でしたが、結果的にはこの地域における白人入植の先駆けともなり、オレゴンの歴史に大きな足跡を残すことになりました。

主な初期宣教師の一覧

  • ジェイソン・リー(Jason Lee):アメリカ・メソジスト派。1834年にウィラメット渓谷へ伝道所を開設した、オレゴン・ミッションの創始者。
  • マーカス・ホイットマン(Marcus Whitman):アメリカ長老派の医師。1836年に妻ナルシッサとともにワラワラ地方へ赴任しました。
  • ヘンリー・H・スポルディング(Henry H. Spalding):アメリカ長老派。ホイットマン夫妻と同行し、ネズパース族の間で伝道活動を行いました。
  • ウィリアム・H・グレイ(William H. Gray):アメリカ長老派。ホイットマン伝道所の運営を支えた人物です。
  • エイサ・スミス(Asa Smith):アメリカ・メソジスト派。ネズパース族への布教に従事しました。
  • デヴィッド・レスリー(David Leslie):カナダ出身の長老派。オレゴンではメソジスト伝道団に加わり、ウィラメット渓谷で活動しました。
  • エルカナ・ウォーカー(Elkanah Walker):アメリカ会衆派(海外伝道評議会派出)。スポケーン族の間でテシマケイン伝道所を運営しました。
  • カッシング・イルズ(Cushing Eells):アメリカ会衆派。ウォーカーと共に活動し、後にはホイットマン大学の創設にも関わりました。
  • ウィリアム・M・ロバーツ(William M. Roberts):アメリカ・メソジスト派。ジェイソン・リーの後を継ぎ、オレゴン・ミッションを指導しました。

宣教師たちが果たした役割

彼らの活動は宗教的な布教にとどまりませんでした。学校の設立や農業技術の伝授、さらには東部からやって来る移住者への案内など、地域社会の基礎づくりに多大な貢献を果たしています。特にマーカス・ホイットマンは、1843年に大規模な移民隊をオレゴン・トレイル経由で導いたことで広く知られています。

悲劇的な結末

一方で、宣教師たちの活動は現地の人々との緊張関係も生みました。1847年にはカイユース族による「ホイットマン虐殺」が発生し、マーカスとナルシッサのホイットマン夫妻を含む十数人が犠牲となりました。この事件を機に、オレゴンにおける宣教活動は大きく後退することとなり、多くの宣教師がこの地を去っていきました。