ピューリタンと先住民の関係は「平和」だったのか?
17世紀に北米へ渡ったイギリスのピューリタンと、先住民であるネイティブ・アメリカンとの関係は、単純な善悪では語れない複雑なものでした。しかし全体として見れば、ピューリタンが当初から先住民との対等な共存を目指していたとは言い難いのが実情です。
「神に選ばれた民」という信念
ピューリタンは自らを「神に選ばれた民」と信じており、新大陸の土地は神から与えられた約束の地だと考えていました。この強い宗教的確信により、彼らはアメリカの土地への権利を当然のものとみなしていたのです。
一方で、先住民たちは「異教徒(ヒーザン)」として捉えられ、敬虔なキリスト教社会を築くという使命における障害と見なされていました。相手の文化や信仰体系を理解しようとする姿勢よりも、自らの宗教的正しさを押し付ける姿勢が優先されたのです。
具体的にはどのような行動が取られたのか
こうした思想を背景に、多くのピューリタンは先住民に対して次のような対応を行いました。
- キリスト教への改宗の促進: 先住民を「祈りの町(Praying Towns)」と呼ばれる集落に移住させ、キリスト教化を進めました。
- 土地の取得と追い立て: 入植地の拡大に伴い、先住民の土地を条約や購入、時には強制的な手段で奪っていきました。
- 武力衝突: 融和的な関係も一部存在しましたが、1675年のフィリップ王戦争(メタコメットの戦争)など、深刻な武力紛争も発生しました。
まとめ
ピューリタンの中には先住民と貿易や同盟を結ぶなど、一定の協力関係を築いた者もいました。しかし根本には「自分たちこそが正しく、先住民は改宗されるべき異教徒である」という考えがありました。つまり、対等な平和ではなく、自らの価値観に従わせることを前提とした関係だったと言えるでしょう。この不平等な構図が、後の入植者と先住民の長い対立の歴史につながっていきました。