紀元前750年頃にエジプトを征服したのは、ヌビアのクシュ王国の王ピイェ(Piye、別名ピアンキ)です。ただし、厳密に言えば当時の国家は「クシュ帝国」ではなく「クシュ王国」と呼ばれていたため、「クシュ帝国の王」という表現そのものは正確ではありません。
ピイェとはどのような王だったのか
ピイェは、現在のスーダン北部にあたるヌビア地方を支配していたクシュ王国の王です。首都はナパタ(現スーダンのカリマ近郊)に置かれ、ナイル川上流からエジプトへの影響力を着実に強めていました。
エジプト征服と第25王朝の成立
紀元前750年頃、ピイェは軍を率いて北進し、エジプトへ侵攻してこの地を征服しました。これによりエジプトには第25王朝(クシュ朝、あるいはヌビア朝とも呼ばれます)が成立します。ピイェは同王朝の初代ファラオとされ、エジプトの伝統的な王権の形式を受け入れながら、アメン神信仰を重視する統治を行ったことで知られています。
「勝利の碑文」が伝える遠征の記録
ピイェの遠征の様子は、勝利の碑文(Victory Stela)として知られる石碑に詳細に記録されています。碑文によれば、彼はエジプト各地の諸侯やリビア系の諸勢力を次々と打ち破り、ヘリオポリスやメンフィスといった要衝を攻略することで、エジプト全土の覇権を確立しました。
まとめ
紀元前750年にエジプトを征服したのは、クシュ王国の王ピイェです。「クシュ帝国」という呼称は厳密には誤りで、正しくは「クシュ王国」となります。ピイェによる征服はエジプト第25王朝の誕生を意味し、いわゆる「黒いファラオたち」と呼ばれるヌビア人支配の時代の幕開けとなりました。