古代エジプト第1王朝の創設者として伝えられるメネス王。上下エジプトを統一した最初のファラオとされ、その治世年数は何年だったのでしょうか。実は、この問いには確定的な答えが存在しません。
メネス王の「実在」をめぐる議論
興味深いことに、メネスという王名が刻まれた同時代の碑文や遺物は一切発見されていません。つまり、メネスという一人の王が実際に存在したことを裏付ける直接的な歴史的証拠は存在しないのです。
現在の有力な学説では、メネスの伝説は、実在が確認されている初期王朝時代の二人の王――ナルメルとホル=アハ――の事績が、後世において混ざり合って形成されたものだと考えられています。
ナルメルか、ホル=アハか
ナイル川流域で発見された有名な「ナルメル・パレット」には、上下エジプトの統一を象徴する場面が描かれており、ナルメルこそ統一を実現した王であるとする説が最も有力です。
一方で、ナルメルの後継者とみられるホル=アハをメネスに比定する説も根強く残っています。アビドスの王墓群や後世の王名表の分析が進められていますが、どちらの王がメネス伝説の原型なのかは、今なお決着していない論争のテーマとなっています。
伝えられる治世年数
プトレマイオス朝時代の歴史家マネト(紀元前3世紀)の編纂によれば、メネスは62年間統治したとされています。しかし、この数値は伝説的な誇張を多く含むため、そのまま史実として受け取ることはできません。
考古学的知見に基づく現代の推定では、ナルメルの治世は紀元前3150年頃から始まり数十年間続き、ホル=アハの治世もおおむね30年前後と考えられています。いずれにしても、マネトの記す62年という長期政権は、後世の理想化によるものとみるのが妥当でしょう。
まとめ
メネス王の正確な治世年数を特定することは、彼自身の実在が確証されていない以上、不可能です。メネスの姿はナルメルとホル=アハの重ね合わせである可能性が高く、統一王朝の礎を築いたのはこの二人のいずれか、あるいは両者であったと考えられています。