衛星画像が捉えた未盗掘の巨大古墳
衛星画像の解析からその存在が明らかになった、壮大でほぼ無傷とみられるスキタイ人の墓が、ロシア・シベリア南部で発掘された。

シベリア南部・トゥヴァ共和国にあるトゥヌグ1号墳の空撮風景。
考古学者を熱狂させる3000年前のクルガン
考古学者たちは今、大きな興奮に包まれている。ロシア・シベリア南部で発見された約3000年前の未盗掘クルガン(塚墓)は、かつてないほど豊かな宝物をもたらすのだろうか。
スキタイ人は紀元前9世紀以降、中央アジアの広大なステップ地帯から南ロシアにかけて活躍した遊牧民である。彼らの支配層の墓は、専門家たちを長年魅了してきた。その理由は明快だ。2001年〜2004年に発掘された先例のクルガン「アルジャン2号墳」からは、ユーラシア平原全体でこれまでに出土した中でも最大級の貴重品群が見つかったのだ。矢筒、1kg超の純金製胸飾り、簪、精緻な象嵌細工を施した短剣、刺繍をほどこした織物など――武装警察の監視下で掘り出された貴金属類は、総量20kgを超えた。

スキタイの金細工の埋蔵品(紀元前500年頃)。© Franck Augstein/AP/SIPA
ユーラシアで唯一無二の凍結クルガン
そして同じトゥヴァ共和国――モスクワから数千キロ離れたこの地で、さらに巨大な墳丘墓の存在が明らかになった。発見者は、スイス国立科学財団(SNSF)の助成を受けてロシア人考古学者らと現地調査を行う、ベルン大学考古学研究所のジノ・カスパリ氏である。
若き研究者はこう語る。「保存状態、年代、立地、そして規模。この遺跡はあらゆる面で他に類を見ず、極めて高い学術的価値を備えています。ユーラシア全域を見渡しても、これほど大きな凍結クルガンは他に知られていません」
直径80mのアルジャン2号墳に対し、ロシア・スイス共同チームが「トゥヌグ1号墳」と名付けたこの墳墓は、直径140mに達する。
「王の谷」に眠る謎多き転換期の墓
科学誌Archaeological Research in Asiaに発表された論文で、スイス人研究者およびロシア科学アカデミーとエルミタージュ美術館の研究者たちは、2013年に発見されたこの遺跡に対して2017年夏に行われた最初の現地調査を報告している。調査地はウジュク川流域――数多くの遺跡を擁することから「王の谷」と呼ばれる一帯だ。木丸太を放射状に組み上げた古代の構造をもつトゥヌグ1号墳の遺構は、高解像度の衛星画像にはっきりと写し出されていた。
カスパリ氏は強調する。「このクルガンは、青銅器時代から鉄器時代へと移行する決定的な時期、すなわち遊牧文化の内部で劇的な社会変化が起こった時代のものです。私たちがほとんど情報を持ち得ていない時代でもあります」
つまりトゥヌグ1号墳は、シベリア南部最大のスキタイ墓であるだけでなく、現時点で判明している限り最古のスキタイ墓である可能性もある。放射性炭素年代測定によれば、その築造は紀元前9世紀にさかのぼり、アルジャン1号墳よりひと世紀古いという。
凍てつくミイラと黄金の宝物――ドキュメンタリー予告編(Trevor Wallace制作/Vimeo)
湿地と永久凍土が守った墓室
しかしその地理的条件ゆえに、この墓は長年アクセス不可能だった。「トゥヌグ1号墳は巨大な湿原のただ中にあるのです」とカスパリ氏は説明する。最寄りの村から悪路を車で3時間という隔絶ぶりだ。この状況が、冬にはマイナス50℃まで冷え込む過酷な気候と相まって、墓泥棒の手から墓を守ってきたことは間違いない。「氷は有機物の分解を防ぎ、壊れやすい素材を守ってくれます」と同氏は付け加える。
これは望外の幸運といえる。地球温暖化の影響で、スキタイの墓が集中するアルタイ山系をはじめシベリアの多くの遺跡が、永久凍土の融解とともに失われつつある。数千年凍り続けた大地は文字どおり液状化し、考古学的な遺物ごと呑み込んでしまうのだ。
専門家たちは春を待ち、カラマツ材の墓室に武器や馬具、貴重な織物などが実際に残っているかどうかを確認する予定だ。地表付近からは、すでに馬の骨が採取されている……

ステップの芸術:スキタイの戦士を描いた金製装飾板、紀元前5世紀、エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク)所蔵。
スキタイ人とは何者か
スキタイ人(スキティアの住民)は、現在のシベリア南部にあたる地域に暮らしていた古代の遊牧戦士部族である。その文化は紀元前900年頃から紀元前200年頃にかけて繁栄し、影響力は中国北方から黒海に至る中央アジア一帯に及んだ。ごく近年まで、専門家たちがスキタイについて知ることができたのは、紀元前7世紀のアッシリア文献や、ヘロドトスの『歴史』第4巻(紀元前480年〜同425年頃)などのギリシャ文献を通じてのみだった。18世紀に至って初めて、馬に乗って移動する牧畜民集団の豊かな墳丘墓に対する本格的な考古学発掘が始まったのである。
出典:Archaeological Research in Asia 掲載論文「Tunnug 1 (Arzhan 0) – an early Scythian kurgan in Tuva Republic, Russia」