考古学的発見

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

「なぜ古代エジプトの絵画では、人物が正面からではなく横向き(プロファイル)で描かれるのですか?」――読者の皆さんからFacebookページで寄せられたこの質問が、今週の「今週の質問」に選ばれました。ご参加いただいたすべての方に感謝いたします。

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

エジプトのファラオ、セティ1世(紀元前1306~前1290年頃)の浮彫り。

この疑問について、フランス国立科学研究センター(CNRS)の研究技術者でありエジプト学者のフィリップ・マルティネス氏と、文化遺産材料の物理化学的分析を専門とするCNRS研究ディレクターのフィリップ・ワルター氏が、詳しく解説してくれました。

お二人によれば、エジプト文明の絵画は現実を忠実に写し取るために描かれたものではなく、できる限り「完全」であることを目指したものだといいます。そのため、同じ図の中に顔は横向き、胸は正面、脚は横向きといった具合に、複数の視点が混在しています。見る人はそれらを頭の中で組み合わせ、現実を再構成するのです。

概念化された「最も完全な」姿

エジプトにおける人体表現は徹底的に標準化されていました。脚は開いて横向きで歩んでいるように、腰も横向き、胸は正面で両腕がはっきり区別され、頭は横向きながらも目だけは正面から描かれます。この表現様式は遠近法の概念を否定することから、エジプト学では「アスペクティブ(aspective)」と呼ばれています。

しかし実際には、この分解された描写こそが、対象を可能な限り完全に示すための概念的な表現なのです。この発想は、エジプト美術から影響を受けたと自ら認めているキュビズム(立体派)の選択に、非常に近いものがあります。

この規範的な性格は、特定の比例関係と格子(グリッド)の使用にも及びます。各場面の標準化は、「地面」と「空」による明確な区画設定、そして各画面をいくつもの「登録帯(レジスター)」に分割し、さらにそれを個々の場面へと分けることによって実現されました。

基本単位となるのは床から足首までの高さです。符号化は複雑かつ完璧で、たとえば恥骨は高さ9.5マス、体の中心線上に位置します。頭部は3マス、肩は地面から16マス、膝は6マス。興味深いことに、この符号化の上限は頭頂ではなく額の高さに定められ、人物の規範的な大きさは18マスとされます。

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

トゥトモス3世の座像が描かれた下絵師用の木板。© 大英博物館

こうした完璧な比例の人物像は、少なくとも中王国時代の第12王朝以降、下準備用の格子を使って描かれてきました。ただし古王国時代、すなわちエジプト美術最初期の事例も知られています。最重要人物の場合は、主格子をより細かい副格子に分割し、精密な配置を行うこともありました。

決して体系的に使われていたわけではない技法

とはいえ、この技法の使用は決して一貫した体系的なものではありませんでした。人物は登録帯の基準線や補助線を使って配置されることもあり、その方が規範への適合をより自由に、容易に達成できたのです。

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

下書きの格子が残るテーベの墓の未完成天井。© LAMS/MAFTO CNRS

同じ礼拝堂の中でも、ある場面では本格的なモジュール式格子が使われる一方、すぐ近くの場面では下絵師が単なるガイド線で満足することもあります。格子は大きな誤りを避け、調和と規則性の感覚を得るための一手段にすぎません。それは「正典(カノン)」というよりもむしろ指針であり、全体の構図はほぼ無意識のうちに、指・手幅・キュビット(肘から中指先までの長さ)・足といった、人体の解剖学的実在に基づく尺度を参照していたのです。

また、これらの格子が、木板上で制作された原画を任意の大きさに拡大するための道具だった、あるいは施主に提供された既製の枠組みとして、礼拝堂の図像プログラムを組むために使われた、という仮説もあります。しかしこの作業仮説は、現時点では裏付けがありません。

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

石灰岩片に描かれた天井画の下絵。カイロ博物館。© FTO CNRS

これらのガイド線は定規で引かれることもありましたが、多くの場合、赤い顔料に浸した紐を壁面に張って弾くことで引かれました。この動作によって染みや滴が残るため、こうして得られた格子は数学的に正確とはいえず、しばしば間隔が不均等になります。

格子は見られるためのものではなく、本来なら絵の完成とともに消えるはずのものでした。ところが実際にはそうなることはほとんどなく、完成した作品の多くに下書きの痕跡が残っています。死者は生前に自分の葬祭堂を建てましたが、死後、子孫たちは親孝行心からといって莫大な出費を続ける義務を感じず、むしろ自分たち自身の記念碑の建設に関心を向けていたのです。さらに、密着度の低い一部の顔料が失われたことで、完璧に仕上がった多数の構図において下絵格子の痕跡が確認できるようになりました。

いずれの場合も、規範的アプローチを採用するかどうかは、自覚的で意図的な選択でした。比例格子の痕跡がほとんど見出せない礼拝堂でも、人物配置には数学的な規則性が認められることがあります。一方、同時代の別の記念碑で格子が使われていたにもかかわらず、人物の高さに不規則さが生じていることもあるのです。

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

ロバの群れを描いた未完成の絵。© LAMS/MAFTO CNRS

「画家」よりも「書記・下絵師」の仕事

第18王朝の初め、人物像は細長い印象を与えます。ハトシェプスト女王の治世になると、より古典的なモジュール格子が現れ、人体は18マスの格子に従って描かれるようになりました。第26王朝では21マスの新しい格子が用いられましたが、人物の外見は劇的には変わりません。これはおそらく、古王国時代に使われた格子への回帰だったのでしょう。

下絵の制作は、画家よりも書記兼下絵師の手によるものと考えられています。彼らは通常、漆喰の下地層に直接描きました。輪郭線や細部の描写も同様です。しかし、モジュール格子やガイド線を設置したのが誰なのかは不明です。「画家」が下絵を描くことは考えにくいものの、下絵師が筆を執って仕上げまで一貫して担当することが妨げられていた可能性は低いでしょう。

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

「口開けの儀式」の場面を描いた下絵。ガイド線が見える。© LAMS/MAFTO CNRS

また、葬祭堂の工事現場に何人の芸術家が携わっていたのかを正確に見積もることはできません。保存された文書によれば、ある日には書記・下絵師が2人、別の日には10人に増えることもあったといいます。後者の例としては、ハトシェプスト女王に仕えた建築家兼工事責任者セネンムートの巨大な墓が挙げられます。

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自由な筆致による下絵。ロイとシュウロイの墓。© LAMS/MAFTO CNRS

トゥトモス4世とアメンホテプ3世(第18王朝)の時代には、モジュール格子は次第に姿を消し、より柔軟な手法へと移行していきます。ただし、扉の両側で死者が供物を捧げるといった最重要の場面では、格子が引き続き用いられました。

なぜ古代エジプトの絵画では人物が横顔で描かれたのか?――「完全さ」を追求した独自の表現法

© LAMS/MAFTO CNRS

フィリップ・マルティネス&フィリップ・ワルター(リズ・ルメとの共著)