ジャック・ダルボン・ド・サン・タンドレ(Jacques d'Albon de Saint-André)は、フランス国王アンリ2世の幼少期からの親友であり、王の深い信任を受けて栄達を遂げた武将です。
アンリ2世の寵臣としての栄達
サン・タンドレは幼少期よりアンリ2世と親交を結び、王の即位後まもなく国王顧問会議に召し出されました。続いて「第一寝室侍従」に任じられ、最終的にはフランス元帥の高位にまで昇りつめています。
皇帝カール5世との戦争
1552年、フランスがトロワ=ヴェシェ(三司教領:メス、トゥール、ヴェルダン)を獲得したことに端を発する紛争では、1552年から1555年にかけて神聖ローマ皇帝カール5世との戦いに従軍しました。しかしその後、1557年のサン=カンタンの戦いにおいてスペイン軍の捕虜となります。彼は1559年のカトー=カンブレジ条約締結に伴い、ようやく自由の身を取り戻しました。
宗教戦争と最期
フランス宗教戦争の時代になると、サン・タンドレはモンモランシー元帥およびギーズ公フランソワとともに「カトリック三部会(トリウンウィラート)」を結成し、カトリック陣営の中心人物として活動しました。また、フランソワ2世の治世下で起こったアンボワーズ陰謀に関わったプロテスタント(ユグノー)たちに対しては、厳しい態度で臨み弾圧を主導しています。
プロテスタント軍相手に数々の決定的な勝利を収めたサン・タンドレでしたが、1562年に勃発した第一次宗教戦争の帰趨を左右するドゥーの戦いにおいて戦死し、その生涯を閉じました。