生後5日で亡くなった王、ヨハネ1世

ヨハネ1世(ジャン1世)は、フランス王ルイ10世(喧嘩王)と王妃クレマンス・ド・オングリー(ハンガリー王女)との間に生まれた王子である。父王の死後に誕生したことから「死後王(le Posthume)」と呼ばれる。しかし彼は生まれてわずか5日で夭折し、フランス史上最短の在位期間を記録することとなった。
フィリップ5世の即位
ヨハネ1世の死後、摂政として国政を担っていたポワティエ伯(のちのフィリップ5世「長躯王」)がフランス王として即位した。当時、女子による王位継承は認められない慣行であり、異母姉ジャンヌ(のちのナバラ女王)は王位を継承できなかった。
王の死をめぐる伝説
この短命な王家の赤ん坊をめぐっては、数々の伝説が囁かれた。中でも有力視されたのが、フィリップ5世が幼い王を毒殺したのではないかという噂である。
さらに、王妃クレマンスの甥にあたるハンガリー王ラヨシュ1世(ルイ1世)は、ヨハネ1世は実は密かにトスカーナのシエナへ連れ出され、「ジャン・ド・グッチョ(Jean de Guccio)」の名のもとで育てられたのだとする風聞を広めた。
僭称者の登場
1356年から1360年にかけて、フランス王ジャン2世(善良王)がポワティエの戦いで捕虜となりイングランドに抑留されていた時期、一人の男が自らを正統な王位継承者であると名乗り、その権利を主張し始めた。この男はプロヴァンスで逮捕され、1363年に獄中でその生涯を閉じた。
関連する人物
- ルイ10世(喧嘩王):フランス王(在位1314–1316)。ヨハネ1世の父。
- フィリップ5世(長躯王):ルイ10世の弟。摂政を経てフランス王に即位(在位1316–1322)。
- クレマンス・ド・オングリー:ハンガリー王女にしてルイ10世の后。ヨハネ1世の母。
- ジャン2世(善良王):フランス王(在位1350–1364)。1356–1360年はイングランドの捕虜。