ジョゼフ・ジョフルの生涯
1852年、フランス南西部の町リヴザルトに生まれたジョゼフ・ジョフルは、ワイン農家の出身です。エコール・ポリテクニーク(理工科学校)を卒業した後、工兵将校として軍歴をスタートさせ、軍用施設の建設に携わりながら、極東やアフリカでの作戦にも参加しました。
1911年にはフランス陸軍参謀総長に就任。ジョフルは陸軍の再編と組織化を積極的に推し進め、その成果はまもなく訪れる第一次世界大戦の開戦時に発揮されることになります。
マルヌの戦い――パリを救った決断
ドイツ軍がフランス本土へ侵攻すると、ジョフルは包囲される危険を避け、首都パリを守るために思い切って戦略的撤退を選択します。そして反攻に備えて兵力を再集結し、1914年9月、パリ東方で行われたマルヌの戦いにおいて、英仏連合軍を率いて決定的な勝利を掴みました。この「マルヌの奇跡」と称される勝利により、ドイツ軍の短期決戦構想は崩壊することとなります。
ソンムの戦いと元帥への昇進
しかし、1916年7月に開始されたソンムの戦いが多大な犠牲を出す苦戦となり、戦況の打開が見込めなかったことから、ジョフルはロベール・ニヴェルと交代して指揮官の座を退くことになりました。とはいえ、同年には元帥に昇進し、その後はアメリカ合衆国の対独参戦に向けた準備にも重要な役割を果たしています。
フランス国民から絶大な人気を集めたジョフルは、大戦終結後の1918年にアカデミー・フランセーズ(フランス学士院)会員に選出されました。1931年、79歳でその波乱に満ちた生涯を閉じています。
生没年:1852年〜1931年
分類:軍人