ベノッツォ・ゴッツォリ筆「ヘロデ・アンティパスの前で舞うサロメ」
誕生日を祝うという習慣は、非常に古くから伝わる伝統であり、その起源は記録が霞んでしまうほどの太古の時代にまでさかのぼるとされています。
聖書に登場する2つの誕生日の宴
興味深いことに、聖書の中にも誕生日を祝う宴の記述が2か所現れます。ひとつはエジプトのファラオを讃える宴、そしてもうひとつがヘロデ・アンティパスの誕生日の宴です。
前者は創世記40章に描かれた場面で、ファラオの誕生日に際して酒政官が赦免され、パン職長が処刑されるという対照的な結末が語られています。
サロメの舞踏が引き起こした悲劇
一方、後者のヘロデ・アンティパスの誕生日の席で披露されたのが、あの有名で官能的なサロメの舞踏でした。その舞に心を奪われた王は、「何でも望みのものを与えよう」と彼女に誓います。すると、母親であるヘロディアの唆しを受けたサロメは、叔父であり義父でもあるこの王に対して、当時すでに獄中につながれていた説教者洗礼者ヨハネの首を求めたのです。
こうしてヘロデ・アンティパスの誕生日は、あまりにも残酷で理不尽な結末とともに、歴史に名を刻むこととなりました。