マルクス・トゥッリウス・キケロの胸像
古代ローマ最高の弁護士が築き上げた巨大な富
古代ローマで最も偉大な弁護士として名を馳せたマルクス・トゥッリウス・キケロ(紀元前106年〜紀元前43年)は、その卓越した弁論術と法律の知識によって、驚くほどの個人的な富を蓄積することになりました。
30年のキャリアが生んだ約1300万セステルティウスの不動産資産
30年にわたる輝かしい経歴と、依頼人から支払われる非常に高額な報酬は、アルピヌム(現在のイタリア・アルピーノ)出身のこの雄弁家に、総額およそ1300万セステルティウスに相当する不動産資産をもたらしました。
その資産には、以下のような豪華な邸宅(ドムス)が含まれていました。
- パラティーノの丘の邸宅 ― ローマ市内で最も格式高い地区の一つ
- ポッツオーリ(プテオリ)の邸宅 ― ナポリ湾を望む人気の保養地
- トゥスクルムの邸宅 ― ローマの名士たちに愛された丘陵地の別荘地
- フォルミアの邸宅 ― 海沿いの美しい立地が魅力の別荘
これらはすべて決定的に豪華なものであり、決して一般の人々の手が届くような代物ではありませんでした。ちなみに当時、元老院議員になるには100万セステルティウス以上の財産が必要とされていたため、キケロの資産はその基準の10倍以上に達していたことになります。
賃貸収入でさらに潤う家計
そして話はここで終わりません。キケロは首都ローマ(ウルブス)市内にも他の不動産を複数所有しており、それらを高額な家賃で貸し出していました。その結果、彼は年間8万セステルティウス前後という安定した不労所得を得ていたのです。これは当時の平均的な労働者の年収をはるかに上回る金額でした。
キケロの成功は、優れた弁論術と法廷での手腕が、共和政ローマにおいてどれほど大きな富と社会的地位をもたらしえたかを物語る好例といえるでしょう。