マザー・ジョーンズの結婚相手は?
メアリー・ハリス・ジョーンズ(通称「マザー・ジョーンズ」、1837年8月1日~1930年11月30日)は、アメリカの教師であり、後に著名な労働運動指導者となった人物です。アイルランドのコーク県に生まれ、10歳のときに家族とともにアメリカへ移住しました。
夫となったのはジョージ・E・ジョーンズ
彼女が結婚したのは、鉄鋳物職人であり労働組合員でもあったジョージ・E・ジョーンズです。二人は1861年、テネシー州メンフィスで結ばれました。当時のメンフィスには多くのアイルランド系移民が暮らしており、夫妻もそのコミュニティの一員として生活していました。
悲劇的な喪失
しかし、幸せな家庭生活は長く続きませんでした。1867年、黄熱病の大流行により、夫ジョージと4人の子どもたち全員を亡くしてしまうのです。この壊滅的な喪失の後、彼女はシカゴへ移り住み、仕立て屋として働き始めました。ところが1871年のシカゴ大火によって、再びすべてを失うことになります。
労働運動への転身
家族と財産を相次いで失った経験は、彼女を労働運動へと向かわせました。貧困の中で育った自身の体験もあり、労働者階級の権利のために闘うことを決意したのです。彼女は全米鉱山労働者組合(UMWA)の共同創設者の一人となり、アメリカ史上初期の大規模ストライキのいくつかを組織しました。さらに、デモ行進を率い、労働者・女性・子どもたちのより良い待遇を求める演説を各地で行いました。
弾圧にも屈せず
第一次世界大戦に反対したことにより、米国政府からブラックリストに載せられ、投獄されるという厳しい弾圧を受けました。それでも彼女は決して活動を止めず、90歳を過ぎてなお闘い続けました。1930年11月30日、93歳でこの世を去ります。
今日に残る遺産
彼女の活動家としての功績は今も高く評価されており、「最も危険な女」と呼ばれたその不屈の闘志は、後世の労働運動や社会正義を求める動きに大きな影響を与え続けています。