サンジャシントの戦いとは
1836年4月21日、現在のテキサス州ヒューストン近郊で行われたサンジャシントの戦いは、テキサス独立戦争における決定的な戦いでした。わずか18分ほどで決着したと言われる奇襲攻撃により、テキサス軍はメキシコ軍に圧勝し、テキサス共和国の独立への道が開かれました。この歴史的な戦いには、両陣営の多くの重要人物が関わっていました。
テキサス軍(テクシアン軍)の主要人物
サム・ヒューストン将軍
テキサス軍総司令官。大胆な撤退戦の末、敵の油断を突く奇襲作戦を指揮して勝利を収めました。後にテキサス共和国初代大統領となり、ヒューストンの市名にもその名が残っています。
トマス・J・ラスク
テキサス軍の副司令官的存在。臨時政府の軍務長官としても活動し、戦後はテキサス共和国の政治家として活躍しました。
エドワード・バールソン
著名なテキサス入植者であり、経験豊富な軍人。第1連隊の指揮官として前線を率いました。
シドニー・シャーマン
弁護士出身の軍司令官で、第2連隊と騎兵隊を指揮。「リメンバー・ザ・アラモ!」の叫びを最初に上げた人物とも伝えられています。
ジョン・A・ウォートン
「イエロー・ジャケッツ」と呼ばれたテキサス騎兵隊の一員として参戦し、偵察や追撃戦で活躍しました。
ミラボー・B・ラマー
当時はヒューストンの副官として従軍し、戦いの中で勇敢さを見せました。後にテキサス共和国第2代大統領に就任しています。
ジェームズ・ファニンの遺志
テキサス軍士官だったジェームズ・ウォーカー・ファニンは、同年3月のコレトの戦いで敗北した後、ゴリアドの虐殺で処刑されていました。彼自身はこの戦いに参加できませんでしたが、「ゴリアドを忘れるな!」という復讐の叫びは、テキサス兵たちの士気を高める大きな原動力となりました。
メキシコ軍の主要人物
アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ将軍
メキシコ大統領にしてメキシコ軍最高司令官。アラモの戦いでの勝利に続いてテキサス軍の掃討を目指しましたが、サンジャシントで不意を突かれて捕虜となり、テキサス独立の承認を余儀なくされました。
マヌエル・フェルナンデス・カストリジョン
サンタ・アナの副官で騎兵隊の指揮官。この戦いで命を落としたとされています。
ビセンテ・フィリソラ
メキシコ軍の将軍で、後方の師団の一部を率いていました。戦いの後、撤退するメキシコ軍の指揮を引き継ぎました。
マルティン・ペルフェクト・デ・コス
メキシコ軍の将軍。援軍と共に到着した直後に戦いに巻き込まれ、捕虜となりました。
アグスティン・コスメ・ダミアン・デ・イトゥルビデ・イ・アランブル
元メキシコ皇帝アグスティン・デ・イトゥルビデの甥にあたる将校で、メキシコ軍の指揮官として従軍しました。
戦いの帰結
サンジャシントの戦いは、サム・ヒューストン率いるテキサス軍による迅速かつ予想外の奇襲攻撃によって大きく動きました。午後の休息中だったメキシコ軍に対し、テキサス軍は一気に突撃し、圧倒的な勝利を収めます。この勝利によりテキサスは事実上の独立を勝ち取り、その後のテキサス共和国の建国、そして1845年のアメリカ合衆国への編入へとつながっていきました。