ギリシャ神話におけるペネロペとオデュッセウスの結婚は、オデュッセウスが数々の冒険に出る前にすでに成立していました。つまり、二人は旅の途中で出会ったのではなく、トロイア戦争へ出征する以前から夫婦だったのです。では、なぜペネロペはオデュッセウスと結婚することになったのでしょうか。その経緯を神話に基づいて見ていきましょう。
結婚のきっかけ:父イクリアスが開いた徒競走
ペネロペはスパルタの王族イクリアス(イカリオス)の娘として生まれました。ある伝承によれば、イクリアスは娘の婿を選ぶために徒競走を開催し、その優勝者をペネロペの夫とすると定めました。この競争に勝利したのが、イタケーの王ラエルテスの息子オデュッセウスです。知恵と身体能力に優れた彼は、ここでペネロペの夫となる資格を手に入れました。
「ティンダレオスの誓い」という功績
もう一つの有力な伝承では、結婚の背景にヘレネーをめぐる騒動があります。スパルタ王ティンダレオスの娘ヘレネーには多くの求婚者が集まり、彼らの対立が国家の危機になりかねない状況でした。そこでオデュッセウスは、全ての求婚者に最終的に選ばれた夫(メネラオス)への忠誠を誓わせるという「ティンダレオスの誓い」を提案し、難題を見事に解決しました。この功績の報酬として、ペネロペとの結婚を望んだと言われています。
結婚後の二人の運命
こうして結ばれた二人の間には、息子テレマコスが生まれました。しかし、テレマコスがまだ幼い頃、オデュッセウスはトロイア戦争への出征を余儀なくされます。戦争自体は10年で終わりましたが、その後の帰還の旅にもさらに10年を要しました。
ペネロペは約20年もの間、夫の帰りを待ち続けます。押しかけの求婚者たちからの圧力に対しては、「布を織り終えたら再婚する」と告げながら、夜になると織り進めた布を解いて時間を稼ぐという機転で応じませんでした。この姿は、賢く忠節な妻の象徴として、今日まで語り継がれています。
まとめ
ペネロペがオデュッセウスと結婚したのは、冒険の旅の中ではなく、トロイア戦争以前のことです。徒競走での勝利、あるいはヘレネーの求婚者問題を解決した功績——伝承によって細部は異なりますが、いずれもオデュッセウスの知恵と力量が、二人の結婚を導いたとされています。