消えた植民地と、刻まれた言葉
1587年、現在のノースカロライナ州ロアノーク島にイギリス人入植者たちによる植民地が築かれました。しかし、物資調達のため一時帰国していた総督ジョン・ホワイトが3年後の1590年に戻ってきたとき、そこにはもはや入植者の姿はありませんでした。家屋は解体され、住民は跡形もなく消えていたのです。
現場に残されていたのは、柵の柱に刻まれたたった一つの言葉——「CROATOAN(クロトアン)」でした。近くの木には「CRO」の文字も刻まれていたといわれています。争った痕跡はなく、事前に取り決めてあった遭難を知らせる合図も見つからなかったため、彼らが計画的に移動した可能性が高いと考えられています。
「CROATOAN」が意味するもの
この不思議な文字列は、400年以上にわたり歴史学者や研究者たちの議論の的となってきました。主な説として以下のようなものが挙げられます。
1. クロトアン島への移住説
最も有力視されているのがこの説です。クロトアン島(現在のハッタラス島)は、ロアノーク島の南約80キロメートル(約50マイル)に位置しています。同島には、イギリス人と友好的な関係を築いていた先住民族クロトアン族が暮らしており、入植者たちが彼らのもとへ移り、その社会に溶け込んだのではないかと考えられています。
2. 先住民族との衝突による死亡説
一方で、周辺の先住民族との対立によって入植者たちが殺害された、あるいは捕らえられたという説もあります。ただし、現場に戦闘の痕跡が一切残されていなかったことから、この説には疑問を呈する声も少なくありません。
3. 未知の理由による移住説
食料不足や悪化する状況から逃れるため、記録に残っていない別の場所へ移住した可能性も指摘されています。内陸部へ移動したという証言や伝承も一部存在しますが、決定的な証拠は見つかっていません。
今も解けないままの歴史の謎
発掘調査やDNA鑑定など、さまざまな手法で真相の解明が試みられてきましたが、「失われた植民地(ロスト・コロニー)」として知られるロアノークの謎は、今なお完全には解明されていません。柱に刻まれた「CROATOAN」の文字は、入植者たちがどこへ向かったのかを示す唯一の手がかりとして、アメリカ史上最大のミステリーの一つであり続けています。