ポエニ戦争の終結 ― 紀元前146年、カルタゴの滅亡
ポエニ戦争は、紀元前149年から紀元前146年にかけて行われた第三次ポエニ戦争の終結によって、ついにその幕を下ろしました。この最終決戦の結果、古代地中海世界の強国であり、ローマの長年の宿敵であったカルタゴは完全に滅亡することとなりました。
三度にわたるローマとカルタゴの対決
ポエニ戦争は、紀元前264年から紀元前146年までの約120年間にわたり、三度に分けて繰り広げられました。
- 第一次ポエニ戦争(紀元前264年~同241年):主にシチリア島の覇権をめぐって戦われ、ローマが勝利しました。
- 第二次ポエニ戦争(紀元前218年~同201年):名将ハンニバルがアルプスを越えてイタリアへ侵攻したことで知られる大戦です。カンナエの戦いでローマに壊滅的な打撃を与えたものの、最終的にザマの戦いでスキピオに敗れました。
- 第三次ポエニ戦争(紀元前149年~同146年):復興しつつあったカルタゴに対し、「カルタゴは滅ぼさねばならぬ」という老カトーの有名な言葉に象徴される、ローマの徹底的な敵意のもとで戦われた最終戦争でした。
カルタゴへの容赦ない最終処置
第三次ポエニ戦争では、スキピオ・アエミリアヌス率いるローマ軍がカルタゴ市を包囲し、三年に及ぶ攻囲戦の末についに陥落させました。勝利したローマ人が取った措置は極めて苛烈なものでした。
- カルタゴ市を徹底的に焼き払い、瓦礫の山へと変えた
- 生き残った住民およそ5万人を奴隷として売り飛ばした
- カルタゴの領土を没収し、ローマの属州「アフリカ」として併合した
こうして、かつてハンニバルを輩出し、地中海の覇権をローマと二分した大国カルタゴは、歴史の表舞台から完全に姿を消すことになりました。興味深いことに、同じ紀元前146年にはギリシャのコリントスもローマによって破壊されており、この年はローマが地中海世界の支配者へと躍り出た大きな転換点として記憶されています。
以降、ローマは西地中海にとどまらず東地中海へも影響力を拡大し、やがて広大なローマ帝国への道を歩んでいくことになります。