1692年にマサチューセッツ州セイラムで起きた「セイラム魔女裁判」は、アメリカ植民地史上最も有名な集団ヒステリー事件の一つです。この裁判では200人以上が魔女として告発され、20人が処刑されるという悲劇に至りました。ここでは、この歴史的事件において特に名を残すこととなった主要な人物をご紹介します。
セイラム魔女裁判の中心人物
告発側の人物
- アビゲイル・ウィリアムズ(Abigail Williams)
11歳の少女で、魔女告発のきっかけを作った最初の「被害者」の一人。牧師サミュエル・パリスの甥であり、数々の告発の中心的存在でした。 - メアリー・ウォーレン(Mary Warren)
ジョン・プロクター家に仕える使用人で、当初は告発者の一人でしたが、後に自身も魔女容疑をかけられるという複雑な立場に置かれました。
魔女として告発され処刑された人物
- ブリジット・ビショップ(Bridget Bishop)
1692年6月10日、この裁判で最初に絞首刑に処された人物です。 - サラ・グッド(Sarah Good)
貧しい浮浪者の女性で、7月19日に処刑されました。4歳の娘ドロシーまでもが告発されたことで知られています。 - サラ・オズボーン(Sarah Osborne)
告発された初期の三人の一人ですが、獄中で病に倒れ、1692年5月に亡くなりました。 - レベッカ・ナース(Rebecca Nurse)
敬虔なピューリタンの老婦人で、村人からの信頼が厚かったにもかかわらず、7月19日に処刑されました。彼女の処刑は町に衝撃を与えました。 - マーサ・コーリー(Martha Corey)
教会員だった彼女が告発されたことは、誰もが安全ではないことを示しました。9月22日に処刑されています。 - ジョン・プロクター(John Proctor)
男性ながら魔女容疑で告発され、8月19日に処刑されました。劇作家アーサー・ミラーの戯曲『クルーシブル』の主人公のモデルとしても有名です。 - ジャイルズ・コーリー(Giles Corey)
マーサの夫。裁判での自白を拒否し、「強制尋問(ペイン・フォルテ・エ・ウルトレ)」と呼ばれる石積みによる拷問を受け、9月19日に死亡しました。「私にさらなる重みを」という言葉が伝えられています。
奇跡的に生き延びた人物
- エリザベス・プロクター(Elizabeth Proctor)
ジョンの妻。妊娠していたため処刑が延期され、裁判の終結後、釈放されて生き延びました。
セイラム魔女裁判は、パニックや疑心暗鬼が社会全体を巻き込む危険性を今に伝える歴史的教訓として、多くの人々に語り継がれています。