ジェームズ・クック船長(1728年〜1779年)は、18世紀イギリスを代表する探検家・航海者です。太平洋の探検航海や正確な海図作成で世界的に名を馳せましたが、実はイングランド北部ヨークシャーの港町ウィットビーとも非常に深い縁があります。ここでは、ウィットビーが「キャプテン・クックの町」として知られる理由を詳しくご紹介します。
ウィットビーはクック船長の航海人生の出発点
クックはヨークシャーのマートンに農家の息子として生まれました。10代半ばの1746年頃、ウィットビーの船主ジョン・ウォーカーの元で徒弟として働き始めたのが、彼とこの町の関わりの始まりです。石炭を運ぶ沿岸船(コリアー)に乗り組み、北海の厳しい海況の中で航海術・測量術・リーダーシップを磨きました。この時期に培われた経験こそが、後の偉大な探検航海の確かな基礎となったのです。
探検船もすべてウィットビー生まれ
興味深いことに、クックの三次にわたる大探検航海で使用された船は、すべてウィットビーで建造された頑丈な石炭運搬船でした。
- エンデバー号(第一次航海)
- レゾリューション号(第二次・第三次航海)
- アドベンチャー号(第二次航海)
- ディスカバリー号(第三次航海)
これらの実用的な船は、南太平洋のサンゴ礁から極地の荒海まで、過酷な環境でも高い信頼性を発揮しました。言い換えれば、ウィットビーの優れた造船技術が、世界史を変える大航海を陰で支えていたといえます。
今も巡れるクックゆかりのスポット
今日のウィットビーでは、町のあちこちでクックの時代に触れることができます。
- キャプテン・クック記念博物館:徒弟時代を過ごしたグレープ・レーンのウォーカー邸を改装した博物館で、当時の貴重な資料や船の模型が展示されています。
- ウエスト・クリフの銅像:港を見下ろす高台に立つクックの像は、町のシンボル的存在です。
- エンデバー号のレプリカ:かつては実物大の復元船が港に係留され、多くの観光客を魅了していました。
まとめ
キャプテン・クックとウィットビーの関係は偶然ではなく、この町が彼の航海者としての原点であり、歴史的な探検船の建造地だからこそです。「なぜクックはウィットビーで有名なのか」という問いへの答えは、彼の人生と偉業にこの町が欠かせない舞台だったという点にあるのです。