海路でアジアに到達した最初のヨーロッパ人探検家は、ポルトガルの航海者ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)です。彼は1498年5月、アフリカ南端の喜望峰を回る航路を経て、インド西海岸のマラバール海岸(現在のケーララ州コーリコード、当時の呼称はカリカット)に到達しました。
大航海時代における歴史的な航海
15世紀末のヨーロッパでは、香辛料や絹といった東方の富を中継貿易商人を介さずに直接手に入れるため、陸路に代わる海路の開拓が最大の課題となっていました。ポルトガルはエンリケ航海王子の時代からアフリカ沿岸の探検を積み重ね、1488年にはバルトロメウ・ディアスが喜望峰の存在を確認しています。
こうした蓄積をもとに、ヴァスコ・ダ・ガマは1497年7月にリスボンを出港。アフリカ大陸を大きく迂回する過酷な航海を乗り越え、約10か月に及ぶ航行の末、1498年5月20日にインドのカリカット港へ入港しました。
この到達がもたらした意義
ヴァスコ・ダ・ガマの到達により、ヨーロッパとアジアを直接結ぶ海上交易路が初めて確立されました。その影響は計り知れません。
- それまで中継地を経由していた香辛料貿易の主導権が、ポルトガルの手に移った
- ヨーロッパ諸国によるアジア進出の先駆けとなった
- 世界史は、海洋を舞台としたグローバルな交流の時代へと大きく転換した
なお、古代にはギリシャ人やローマ人が紅海経由でインドとの海上交易を行った記録もありますが、「大航海時代において喜望峰回りの新航路を開拓した最初の探検家」という意味では、ヴァスコ・ダ・ガマがその第一人者とされています。
その後も彼は1502年に第二次インド航海を指揮してポルトガルのインド洋支配の基盤を築き、晩年には「インド洋提督」の称号とインド副王の地位を与えられました。1524年、インドのゴア赴任の途上でコーチンにて生涯を閉じています。