アジアの歴史

毛沢東はいつ選出されたのか?その権力掌握の実態を解説

毛沢東は、一般国民による自由な選挙で選ばれた指導者ではありません。それにもかかわらず、1949年の中華人民共和国成立から1976年に死去するまで、約27年間にわたり中国の事実上の最高指導者として君臨し続けました。

毛沢東が権力の座に就いた経緯

毛沢東は1893年、湖南省の農家に生まれました。1921年に中国共産党の創立メンバーの一員となり、その後、長征(1934〜1936年)を通じて党内での指導的地位を確立していきます。

1945年には中国共産党中央委員会主席に就任し、党における絶対的な指導者としての地位を固めました。

中華人民共和国成立と歴代の役職

1949年9月、毛沢東は中国人民政治協商会議において中央人民政府主席に選出されました。そして同年10月1日、北京の天安門広場で中華人民共和国の成立を宣言します。

1954年には憲法の制定に伴い、全国人民代表大会によって初代国家主席に選ばれました。ただしこれらの「選出」は、競争的な選挙によるものではなく、共産党が主導する機関による承認という性格のものでした。

国家主席退任後も続いた実権支配

1959年には大躍進政策の失敗を受けて国家主席の職を劉少奇に譲りますが、党主席の地位は保持し続けました。以降も文化大革命(1966〜1976年)を主導するなど、表向きの役職にかかわらず中国政治の最高決定者であり続けました。

毛沢東は1976年9月9日、82歳でこの世を去りました。彼の死後、中国は鄧小平主導の改革開放路線へと転換していくことになります。